健康・医療

《呼吸をおろそかにすると肩こりや高血圧、認知機能低下も》老け呼吸を“長生き呼吸”に変える「呼吸筋ストレッチ」のやり方を医師が伝授

深呼吸する女性
呼吸と老化の関係を専門家が解説(写真/PIXTA)
写真9枚

1日約2万回、休むことなく行われている呼吸。誰もが無意識にしているからこそ無頓着になりがちだが、この「当たり前の呼吸」の良し悪しが、心身の健康に影響を及ぼし、老化の進行や寿命の長さを左右するという。元気で楽しく生きるための「長生き呼吸」を学ぼう。

「浅く速い」呼吸で老化は加速する

「老化は呼吸から始まります」と言い切るのは、呼吸神経生理学を専門とする本間生夫さんだ。

「呼吸は、酸素を体内に取り込んで栄養素を燃焼させ、エネルギーに変える役割があります。いい呼吸ができていれば、酸素が全身に行き渡り、血流もよくなって、体は健康を保てる。

しかし、呼吸が浅いと、体内に届く酸素量が減り、エネルギーを充分に生み出せません。その結果、代謝が落ち、臓器の機能や免疫力が低下し、血行不良や体の不調に直結します。呼吸の質が、老化の速度や寿命の長さを左右するのです」(本間さん・以下同)

浅い呼吸は高血圧や睡眠時無呼吸症候群を招くともいわれる。また、口呼吸になってしまうと、空気の出し入れが浅く速いために効率が悪く、肺の負担も大きくなる。いい呼吸とはすなわち、鼻からゆっくりと吸い込む深い呼吸だ。

「元来、人間は鼻で呼吸をするものですが、忙しない現代社会では、口呼吸になっている人が多いと感じます。しかし、元気に長生きできるかどうかは、いかに呼吸機能を長持ちさせられるかにかかっている。その第一歩が『鼻呼吸』です」

浅く早い口呼吸をしている女性のイラスト
浅く早い口呼吸(イラスト/細川夏子)
写真9枚

深い呼吸といっても深呼吸や腹式呼吸のような深く吸い込む呼吸ができればいいわけではない。

「もちろん、気分転換や集中目的で行うのはいいと思います。長生きという観点で重要なのは、『ふだんの呼吸』を意識せずともいい呼吸にすることです」

そのためにはまず鼻呼吸から。基本は「口を閉じてあごを引く」だけ。背筋が伸び、無理なく鼻から吸い込める。

「姿勢が悪い」「ストレスや不安を感じやすい」「気づけば口を開けている」という人は、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっている可能性がある。

「冬は、感染症対策としても鼻呼吸が必須。鼻毛が空気中のほこりや花粉などの異物を取り除き、鼻腔からのどを通る間に保温・保湿をしてくれますが、口呼吸はウイルスが好む冷たく乾燥した空気がダイレクトに呼吸器に入ってしまうため、インフルエンザや風邪の罹患リスクが高まります」

深くゆっくりな鼻呼吸をしている女性のイラスト
深くゆっくりな鼻呼吸(イラスト/細川夏子)
写真9枚

オーバー60からは呼吸筋のケアが大事

60代以降は「鼻呼吸ができればOK」とはいかず、さらなる対策が必要だ。

「肺や、肺まわりの『呼吸筋』といった呼吸機能は、60才頃から急激に老化が進むため、特に呼吸筋の底上げが必要になってきます」

肺は自力では動けず呼吸筋が動かしているが、呼吸筋も加齢で柔軟性が失われ、硬くなる。すると、胸が広がらず、深い呼吸がしづらくなってしまう。

「肺の老化を止めることはできませんが、肺を動かしている呼吸筋をほぐすことは可能です。中でも、中高年以降がケアすべき部位が『肋間筋』(内肋間筋と外肋間筋)です」

肋間筋は肋骨と肋骨をつなぐ、呼吸筋の中でもっとも重要な筋肉だ。息を吸うときは、脇から背中側にある「外肋間筋」を収縮させて肋骨を引き上げ、吐くときは外肋間筋の内側にある「内肋間筋」を収縮させて肋骨を引き下げる。

「肋間筋がすごいのは、その筋肉組成にあります。

筋肉を形成する『筋線維』には『白筋(速筋)』と『赤筋(遅筋)』があり、白筋は、瞬発力が強い短距離型の筋肉。筋トレなどの無酸素運動で大きくなりますが、持久力がなく、加齢で衰えやすいのが特徴です」

一方の赤筋は、酸素を使ってエネルギーを生み出す性質があり、パワーはないが持久力に優れた長距離型の筋肉だ。

「全身のどの筋肉も、白筋と赤筋の割合はだいたい50:50なのですが、唯一『肋間筋』だけが、ほぼ赤筋で構成されています。つまり、1日約2万回の呼吸をこなすために進化したような、持久力抜群の筋肉なのです。年を取って必要なのはムキムキの白筋ではなく、赤筋の持久力。肋間筋を柔らかく保つことが、深く、安定した呼吸につながります」

それをもとに考案されたのが、肋間筋をメインにほぐす「呼吸筋ストレッチ」だ。

「呼吸が浅くなるもう1つの原因に、加齢による『機能的残気量』(肺の中に残っている空気の量)の増加も挙げられます。

呼吸をする際、肺にはある程度の空気が残るものですが、呼吸機能が衰えると、機能的残気量が必要以上に増えてしまい、新たな空気を取り込むスペースが少なくなってしまいます」
60才の機能的残気量は60%近くになるといわれている。余分な空気を肺にため込まないためにも、呼吸筋のケアが必要なのだ。

呼吸で感情はコントロールできる

呼吸には、生きるために行う「代謝性呼吸」(無意識の呼吸)と、深呼吸のようにコントロールできる「随意呼吸」(意識的な呼吸)があるが、本間さんの研究で、「情動(不安や怒り、喜びなど、突発的な感情のこと)呼吸」という“第3の呼吸”が実在し、メンタルに影響を及ぼすことがわかってきた。

「人は、ポジティブな感情のときは呼吸リズムがゆっくりとなり、ネガティブなときには速くなります。このときの脳の動きを見てみると、呼吸の数が増えると、喜怒哀楽の感情を作り出す『扁桃体』という脳の部位もまた、活動が強まることがわかりました。

研究で明らかになったのは、呼吸リズムは扁桃体に存在し、感情と呼吸が一体となって現れるということ。不安なときに呼吸が浅く速くなり、息苦しくなってまた不安になるといった悪循環に陥るのは、脳と呼吸のメカニズムだったのです」

つまり、感情をコントロールすることは難しいが、呼吸なら自力で調節できるため、悪循環に巻き込まれても、呼吸を整えれば感情を収めることができるのだ。

「加齢とともに怒りやすくなる人は、同時に呼吸も乱れています。これが続くと認知機能の低下にもつながるため、呼吸を整えることは脳の健康にも重要です。

呼吸は自律神経ともリンクしていますから、いい呼吸をすることで自律神経のバランスも整います」

呼吸なくして私たちは生きられない。長生きするためにも、もっと呼吸をいたわってあげよう。

呼吸筋向上カラオケ

呼吸筋の向上には、大きな声を出すことや、声を出して歌うことも有効だと本間さんは言う。
「特に『七五調の歌』は、 日本人の呼吸に合うリズムです。七五調のリズムを大きな声で朗々と歌い上げれば、呼吸が安定し、心身が整う効果が期待できるのです。呼吸筋ストレッチとあわせて行えばよりいいですね」(本間さん・以下同)

本間さんがおすすめするのは、『荒城の月』『花』(ともに瀧廉太郎作曲)、『明日があるさ』(坂本九)、『秋桜』(山口百恵)、『天城越え』(石川さゆり)、『愛は勝つ』(KAN)、『ダンシング・ヒーロー』(荻野目洋子)などだ。

「入浴中に1〜2曲歌えば、のどや肺を潤し、風邪予防にもなって一石二鳥です」

長生き呼吸をつくる「呼吸筋ストレッチ」

呼吸筋をしなやかにし、深い呼吸に導くストレッチ。【1】~【6】を各3〜6回行う(1セット)。一度にたくさん行うのではなく、1日に数セット行うと効果的だ。立つのがつらい人は、座って行ってもOKだ。

《1》肩のストレッチ〜肩をほぐして胸を広げる

「呼吸筋ストレッチ」肩のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」肩のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、息を鼻からゆっくりと吸いながら肩をゆっくりと上げる。肩を上げるとき、かかとが床から離れないようにする。

【2】息を口からゆっくりと吐きながら、肩を後ろに回すように下ろす。下ろすときは肩の力を抜く。

《2》首のストレッチ〜吸う筋肉をほぐす

「呼吸筋ストレッチ」首のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」首のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、息を鼻からゆっくりと吸いながら首を左横に傾ける。このとき、右腕(首の筋肉が伸びている方)を少し広げ、手のひらで空気を押すようにする。

【2】息を口からゆっくりと吐きながら、もとの姿勢に戻す。反対側も同様に行う。

《3》背中・胸のストレッチ〜吸う筋肉をほぐす

「呼吸筋ストレッチ」背中・胸のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」背中・胸のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、胸の前で両手を組み、息を鼻からゆっくりと吸いながら軽くひざを曲げ、腕を前に伸ばし、背中を丸める。

【2】さらに息を吸い、手の先を見ながら大きなボールを抱えるイメージでお腹をへこませ、背中を丸めていく。このとき、お尻を後ろに突き出さず、左右の肩甲骨が外に開くことを意識する。

【3】息を口からゆっくりと吐きながら、もとの姿勢に戻す。

《4》腹部・体側のストレッチ〜吐く筋肉をほぐす

「呼吸筋ストレッチ」腹部・体側のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」腹部・体側のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、右手を頭の後ろ、左手を腰に当て、息を鼻からゆっくりと吸う。

【2】息を口からゆっくりと吐きながら、ひじを持ち上げるようにして体の側面を伸ばす。体を横に倒しすぎず、ひじから足先までが一直線になっているイメージで行う。

【3】息を鼻からゆっくりと吸いながら、もとの姿勢に戻す。反対側も同様に行う。

《5》体幹のストレッチ〜吐く筋肉をほぐす

「呼吸筋ストレッチ」体幹のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」体幹のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、頭の後ろで両手を組む。鼻からゆっくりと息を吸う。

【2】息を口からゆっくりと吐きながら、手の甲を上に向けた状態で両腕を真上に伸ばす。目線は、斜め下を見るようにする。

【3】余裕のある人は、息を口からゆっくりと吐きながら、腕を後ろに引く。痛い人は1〜2のみでOK。

【4】もとの姿勢に戻り、呼吸を整える。
※肩の関節が痛くて動かない人は、このストレッチは避けよう。

《6》胸壁のストレッチ〜吐く筋肉をほぐす

「呼吸筋ストレッチ」胸壁のストレッチのやり方
「呼吸筋ストレッチ」胸壁のストレッチのやり方(イラスト/細川夏子)
写真9枚

【1】両足を肩幅に開いて立ち、腰の後ろで両手を組み、息を鼻からゆっくりと吸う。両手を組めない人は、手を体の横に下ろした状態で行ってもOK。

【2】息を口からゆっくりと吐きながら両腕を後ろに伸ばし、胸を張って肩を後ろに引っ張る。肩甲骨を真ん中に寄せるイメージで、組んだ両手を押し下げるようにするとよい。

【3】もとの姿勢に戻り、呼吸を整える。

◆教えてくれたのは:医学博士・本間生夫さん

昭和医科大学名誉教授、NPO「安らぎ呼吸プロジェクト」理事長。心身の健康増進のための「呼吸筋ストレッチ」考案者。『長生きしたければ「呼吸筋」を鍛えなさい』(青春出版社)ほか著書多数。

取材・文/佐藤有栄

※女性セブン2025年11月13・20日号

関連キーワード