
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
* * *
梅雨入りを控えた2002年6月7日、都内の戸建てで騒ぎが起きた。「母さんがいない」―タクシー運転手・高松雄介さん(仮名・51才)の通報で駆けつけた警察官が、台所の床下収納庫を開けた瞬間、鼻をつく腐臭とゴミ袋に包まれた“塊”が現れた。塊の正体は、この家に住む雄介さんの母・えり子さん(仮名・78才)の遺体。同日夜、殺人と死体遺棄の疑いで逮捕されたのは、雄介さんの妻・淑子(仮名・48才)だった。
「えり子さんはレストランや給食センターで働くなど、共働きで家計を支えた苦労人。ご主人が亡くなってからも銀行やパン店で清掃の仕事を続けるなど働き者でした」(全国紙社会部記者・以下同)
一方、近所では“奇行”で知られた存在だった。
「“もったいない”が口癖で、ゴミを拾っては自宅に持ち帰り、たまったゴミは部屋の天井まで届くほどでした。魚の骨や野菜くずまで肥料にするといって持ち帰るため悪臭がひどく、近所は集まるネズミや害虫に悩まされていました」
事件の5年ほど前からゴミ集めが激しくなり、壊れた洗濯機などが庭で雨ざらしに。近所の人が苦情を言っても、えり子さんは「はいはい」と受け流すばかりだった。
舅が亡くなった1987年からえり子さんと同居することになった嫁の淑子は、義母にゴミ集めをやめるように何度も諭したという。
「そのたびに“あなたこそ言葉遣いが悪い”などと逆ギレされたそうです。淑子は“おばあちゃんが言うことを聞いてくれない”と周囲に愚痴をこぼしていました」
ゴミ屋敷に暮らしていたえり子さんについて、事件当時、本誌の取材に答えた親族はこう評した。
「ゴミのことは私もさんざんえり子さんに言いましたが、彼女にとっては宝物だった。認知症ではないかと言う人もいたけれど、ひとりで電車に乗って仕事に通い、利率のいい定期預金を調べて預けるなど計算もしっかりできた。無駄遣いせず1000万円以上の資産を持つなど貯金が趣味でした」
一方、家事は嫁まかせだったようで、淑子が入院することになったときは「私の食事はどうするんだ」と言い放ったという。嫁姑ともに気が強いうえ声が大きく、2人の言い争いは近所で有名だった。次第にトラブルは増え、言い争いもエスカレート。えり子さんは「財布がなくなった」「あの嫁は金遣いが荒い」「嫁が私の金を勝手に使っている」などと近所に触れ回るようにまでなったという。
「事件が起きたのは遺体が見つかる2日前のことです。その日、嫁姑は仕事帰りの駅でばったり遭遇し、ずっと口論を続けていました。帰宅後の夜9時すぎ、淑子の積年の恨みが爆発し、ビニールひもでえり子さんの首を絞めて殺害。遺体はゴミ袋に入れて、自宅台所の床下収納庫に。遺体に外傷はなく、服もそのままでした」(前出・社会部記者)
淑子は遺体が発見される日の朝、「捜索願を出す」と外出し行方をくらませたが、電話で家族に説得され観念したという。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年2月5日号