《哀悼秘話》誰からも愛されたLUNA SEA真矢さん、5年9か月にわたる闘病記録 大腸がん判明も極秘手術を重ねてツアーやレコーディングに参加 献身的に支えた妻・石黒彩

1989年の結成以来、紆余曲折を経ながら、平成の音楽シーンを駆け抜けた「LUNA SEA」。その伝説的なバンドの一員として、誰からも愛されたカリスマドラマーがこの世を去った。5年9か月にわたる闘病と、彼を支え続けた妻やメンバーとの絆を徹底取材。【前後編の前編】
「通夜と葬儀は近親者だけで執り行われ、訃報は公表直前まで関係者にも伏せられていました。本人は3月のライブでステージに立つことを目指し、“完全復活”を信じて前向きに頑張っていたのですが……。亡くなる数日前まで元気そうにしていたそうですし、本当に突然のことだったので残念でなりません」(真矢さんと交流のあった音楽関係者)
2020年に大腸がん、昨夏に脳腫瘍と診断され、治療に専念していたLUNA SEAのドラマー、真矢さん(享年56)が急逝した。関係者によると2月17日に容体が急変し、午後6時過ぎ、家族やメンバーが見守る中で眠るように息を引き取ったという。
「当時、真矢さんが亡くなったことを知っていたのは親族とLUNA SEAのメンバー、一部の関係者だけで、葬儀が終わるまで外部には公表しないことを決めていたそうです。ボーカルの河村隆一さん(55才)は真矢さんが亡くなった2日後にソロコンサートを行い、ステージでは何事もなかったように振る舞っていましたが、予定されていた握手会を中止するなどショックを隠し切れずにいました」(前出・音楽関係者)
1990年代のヴィジュアル系バンド全盛期にロックシーンを牽引し、X JAPANやL’Arc〜en〜Ciel、GLAYとともに“四天王”の一角に数えられたLUNA SEA。圧倒的なパフォーマンスと重厚なサウンドでバンドの「心臓」と称された真矢さんは、ロックファンのみならず、多くのミュージシャンからもリスペクトされる存在だった。
「訃報が公表されると大黒摩季さんやGACKTさん、つんく♂さんなど、生前真矢さんと親交のあったミュージシャンが次々にSNSに追悼コメントをアップし、故人の人柄がしのばれました。ドラムを叩いているときの真矢さんの表情には鬼気迫るものがありましたが、スティックを置けば周囲を明るくするムードメーカー。バラエティー番組での明るいキャラクターや優しい人柄も多くの人に愛されていました」(別の音楽関係者)
LUNA SEAのメンバーは真矢さんの早すぎる旅立ちを悼み、連名で次のようにコメントした。
《その不屈の精神と、最後まで絶やさなかった太陽のような笑顔は、僕達メンバー、そしてスタッフ全員の希望の光でした。彼が35年以上にわたって刻み続けた魂のビート、そして音楽への深い愛は、これからもLUNA SEAの物語の中で、決して鳴り止むことはありません》

葬儀で喪主を務めた真矢さんの妻で、元モーニング娘。の石黒彩(47才)は自身のインスタグラムで、《5年9ヶ月の間、病気と戦い続け、その間も常に前向きで懸命な姿は誇らしくそんな真矢に寄り添い支えることが私の幸せでした》と振り返った。
「2020年に大腸がんが判明した際、真矢さんはファンに心配をかけたくないという一心で病を公表せず、7回に及ぶ手術を極秘裏に受けました。抗がん剤治療と放射線治療を併用してツアーとレコーディングを乗り切った間も、献身的に支え続けた石黒さんの苦労は計り知れません。昨年9月に真矢さんがめまいで倒れ、MRI検査で脳腫瘍と診断された際も、石黒さんは『精一杯サポートしていきます』と気丈に綴っていました」(前出・別の音楽関係者)
音楽業界きってのおしどり夫婦と言われた真矢さんと石黒。ふたりの出会いは1999年頃で、LUNA SEAが“終幕”という名の解散を控えメンバーそれぞれがソロ活動を活発化させていた時期だった。
「1989年に結成されたLUNA SEAは、河村さん以外のメンバーは全員同郷で、強い絆で結ばれたバンドとして知られています。しかし、いつしか5人は河村さんいわく“より強い光を求めて”違う方向を向きはじめ、2000年12月に一度は解散しているんです。真矢さんは誰よりもLUNA SEAへの思いが強く、最後まで“終幕”に反対し、メンバーをまとめられなかったことを悔やんでいたといいます」(レコード会社関係者)
2007年の再集結を経て、5人は「かけがえのない絆」を再認識したが、LUNA SEAとして“再起動”するまでには10年もの月日を要した。
※女性セブン2026年3月12日号