
モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第9回のゲストとなる落語家・笑福亭鶴瓶さんです。
「鶴瓶さんは“笑顔の七福神さま”。いつもにこにこしていて、まなざしが温かくて。お顔を拝めば幸せな気持ちでいっぱいになるんです。ロケ番組で長年日本中に笑顔を届けて、縁結びのパワーは絶大。そんな鶴瓶さんに笑顔とハッピーの源をうかがいます」(アンミカさん)
どんなしんどいことでも面白く捉える
鶴瓶:久しぶり~。ちょっと会うてない間にまたきれいになったんちゃう? 化粧が変わったんか?
アンミカ:いや、もったいない言葉! でもうれしいです。ありがとうございます。実は、いままではアンミカを知っていただきたくて、強めのメイクでアピールしていたんです。でも年を重ねて、いまは引き算を意識しています。
鶴瓶:いまのその感じ、ええよ。
アンミカ:些細なメイクの変化に気づいていただけて、とてもうれしいです! それにしてもお久しぶりですね。
鶴瓶:そうかもなぁ。アンミカとは実家が近所やから、会ってなくてもずっと会っているような感覚になるな。
アンミカ:実家が同じ大阪市内の隣町で、5人きょうだいという共通点もあって。お話すればするほど境遇が似ていて、初対面ですぐ意気投合しちゃいました。
鶴瓶:そうそう。最初に会ったのも対談やったっけ。
アンミカ:5年ほど前に鶴瓶さんのラジオに呼んでいただいたんです。私はパペポ世代(1987~1998年に放送されたトーク番組『鶴瓶上岡のパペポTV』/読売テレビ)で、ずっと鶴瓶さんを見て育ったから、お会いできてどれだけ感激したか…。『突然ガバチョ』(毎日放送)の「テレビにらめっこ」も、バリバリ見ていた熱烈ファンですからね!
鶴瓶:何年前の話や(笑い)。まぁよう似た環境でお互い育ったわけやけど、ぼくは昭和26年生まれで日本が高度経済成長期に入る前やから、めちゃくちゃ貧乏な時代やんか。それでも幸せやったなぁ。貧乏でよかったと思うてるもん。
アンミカ:世代は少し違いますが、私もつくづくそう思うんです。貧しくても地域のみんなで心の手をつないで助け合っていたから、心が貧しくはならなかった。
鶴瓶:そうなんよ。
アンミカ:うちは4畳半に7人暮らしでしたが、親が教会の活動をしていて、貧しいことは美しいことだと教わったんです。持っているものは周りに分け与える。分かち合うことが豊かさなんだよ、と。
鶴瓶:アンミカ、その話よくするやんか。いまの人たちは“渡して豊かになるなんて、そんなわけない”と斜に構えると思うんやけど、そんなことあらへんのよ。心の豊かさの話やからね。
アンミカ:足りないからこそ、手の中のちっちゃな幸せを見つけられるんですよね。
鶴瓶:ほんとそうやね。ぼくもどんなしんどいことでも面白く捉えるクセがついていると思う。

アンミカ:だから人を見る目が本当に温かいんですね。会う人、会う人から慕われる鶴瓶さん特有の魅力です。『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK)でもご一緒させていただきましたけれど、待ち合わせ場所に合流した瞬間から道行く人が次々と鶴瓶さんに話しかけてこられて。
鶴瓶:アンミカもそうやねん。いろんなゲストがこれまで『家族に乾杯』のロケをしたけど、あんたと天童よしみさんには、みんなすっごい寄ってきはる。
アンミカ:揃って大阪(笑い)。番組も本当に長く続いていますね。
鶴瓶:もう30年。いろんな人と話すなかで、縁を感じた人には「電話しといで」なんて連絡先も交換するしね。向こうが気を使って電話してけえへんかったら、わざわざこっちから電話することもないけど、かけてきてくれたら必ず返します。手紙が来たら、こっちも書くし。
アンミカ:鶴瓶さんはサラッとおっしゃるけど、それってものすごく大変なことだと思います。
鶴瓶:そうやね。人と人が1回会うて、その人と離れるか離れないかはこっちの胸三寸。ぼくは連絡をくれた人には絶対に返したい。
島民5人の島でまさかの出会い
アンミカ:素直に尊敬します。そう考えるようになったきっかけはあったんですか?
鶴瓶:親父やね。ぼくの親父がそういう人やったんですよ。日曜画家でずっと絵を描いていて、いつか親父に個展を開かせてあげたかった。で、40年前くらいやな、自分がちょっと食えるようになったときに「親父、個展したらええやん」と声かけて。それで個展を開いたら、ぼくのファンの子らがバーッと来てくれはったんです。そうしたら親父は芳名帳を書いた人全員に、丁寧にお礼の手紙を出したんですよ。
アンミカ:鶴瓶さん、もうテレビもラジオも出てたときですから、来客も多かったんじゃないですか。
鶴瓶:そう、1000人以上に手書きのお礼状ですよ。ファンの子らも「お父さんからはがき来た!」言うて、笑顔でぼくんところに来たりね。そんな親父を見てたから、縁を続けるかどうかは自分次第だと思って大事にしているんです。
アンミカ:言うは易く行うは難しだから、ちゃんとそれを続けている鶴瓶さんが本当にすごいです。
鶴瓶:だって誰かが自分に何かしてくれたら笑顔になるし、相手が喜んでくれたら、その喜びが自分にも返ってくるし。
アンミカ:すんごい共感です!“笑顔の観覧車”って私はよく言うんです。自分から笑いかけたら相手の表情もほぐれていって、その表情を見てまた自分が笑顔になれる。笑顔って巡るやん、って。その発想は鶴瓶さんの笑顔と出会えたからなんですよ。
鶴瓶:そうなん? ツンとしててもしゃあないやんか。逆に相手がツンとしてたら、自分から心を開いて話しかけるのよ。そうするとスッと入ってきてくれる。
アンミカ:縁が生まれる瞬間ですね。
鶴瓶:人と話し続けてると、いろんなミラクルと出会うチャンスが生まれるんですよ。『家族に乾杯』で山口県にある笠佐島って小さな島に行って、そしたら民家が2軒だけやねん。島民も5人だけ。誰か探さなあかんと思って、ようやく草刈ってるおっさんを見つけて「はじめまして~」と声かけたら、「初めてちゃうがな!」って。よう見たら、昔大阪におって、北新地でよう一緒に飲んでた不動産屋のおっさんだったんです(笑い)。
アンミカ:え~っ、2軒しかない島で、そんな偶然あります?
鶴瓶:人としゃべり続けたら回り回ってそんな奇跡ばっかり。去年、ロケで行ったスイスでは、小さな村で和食屋さんをやっている日本人夫婦と出会って、話しているうちに奥さんをどこかで見たことあるなと思って聞いてみたら、大阪の人で、昔ゴルフを一緒に回ったことがあったんよ。
アンミカ:ご縁の輪がまさかスイスにまで。そうやって行く先々で巡り巡って、つながって。
鶴瓶:しゃべらなければ、縁にも気づかないからね。無理にしゃべらんでもいいと思うけど、ぼくもアンミカも、親からもらったしゃべれる性格やから。
アンミカ:ミラクルは自分から起こしていかないと!

鶴瓶:そうやで。
アンミカ:年を取ると凝り固まって、好き嫌いが強くなることもあるじゃないですか。50代にもなれば女性はホルモンがゆらいで意固地になったり、周囲の些細な行動にイライラしちゃったり。私も反省することがあるんですが、鶴瓶さんはこの人は苦手だと遠ざけてしまうことはないんですか?
鶴瓶:ないかな…。まぁないね。
アンミカ:つい、人に厳しくあたったりとかは?
鶴瓶:「それはあかんで」って言うことはあるけど、どちらかといえばマネジャーにぼくが怒られる。
アンミカ:あははは。まさかの鶴瓶さんが怒られる側!
鶴瓶:そういう関係の方がええでしょ。男同士っていうのもあるけど、旅行も一緒に行くしね。
アンミカ:すごい! 鶴瓶さんが怒るときも、相手を追い込むような怒り方じゃないんだろうな。
鶴瓶:そこまでするのは自分の気が悪くなるからせえへんわ。
アンミカ:そういうのはお母さまの影響だったりしますか?
鶴瓶:そうかもわからんね。すごい明るいお母ちゃんだった。もちろん怒られたことはあるけど、それ以上にええ人やったね。お母ちゃんは地元で、頼まれたら納棺師みたいなことをやっていた。
アンミカ:映画『おくりびと』で有名になった納棺師ですね。
鶴瓶:そうや。仕事じゃなく町内の仲間に対しての気持ちでやっていて。ほんまに親切な人やったから、皆から好かれていてね。ぼくが売れるようなってから地元に帰ると、「ああ、鶴瓶や!」って集まるでしょう。でも、二言目には「あんたの母ちゃんはすごい世話してくれた」とか、お母ちゃんに感謝している話ばかり。
アンミカ:人を大事にするご両親の素敵なところを見たり、感じ取ったりして育ったからいまの鶴瓶さんがあるんですね。
鶴瓶:アンミカは、きれいに話をまとめてくれるからありがたいな。
アンミカ:お話ししてくれるエピソードが温かいからです!
鶴瓶さんの企画が長寿になる理由
鶴瓶:お母ちゃんの話をしていて思い出したけど、ぼくは子供の頃に嘘ばっかりついていたんですよ。両親を喜ばせたくて、大きくなったら何になりたいかと聞かれたら「外交官になりたい」とか。響きがかっこええやんか(笑い)。でもいまになってみると、こうして日本や世界をぐるぐる回って知らん場所で人とつながっていくのはある種、外交官というかな。自分で言うのもおかしいけど、言ったことが現実になっているところはあるんかもね。
アンミカ:言霊の力だと思います! 口に十と書いて「叶」ですが、私はそれを、プラスのことを口に10回出して人に言って回ると誰かが運んできて、それが叶うと信じているんです。
鶴瓶:何、口プラス十? またアンミカうまいこと言うやんか。その通りやで、すごいわ。
アンミカ:講演会のしすぎかもしれません(笑い)。
鶴瓶:アンミカは頭がええんよ。
アンミカ:恐縮です。そういえば以前、俳優志望のかたへの色紙に「まじめにコツコツと」と言葉を添えられているのをテレビで見ました。もしも私が「サインをください」とお願いしたら、なんと書いてくださいます?
鶴瓶:いやいやそんな、おれ、坊さんやないんやから(笑い)。
アンミカ:あははは、「鶴瓶和尚の今日の名言」とかいって(笑い)。
鶴瓶:最近よう書くのは「縁は努力」です。さっきも話したけど、自分が努力しないと縁は続かないし、広がらないからね。そりゃあ、しんどいときもありますよ。だから努力なんです。
アンミカ:師匠の(六代目笑福亭)松鶴さんの住居跡に建てた寄席小屋でやるトークライブ「無学の会」もまさに、努力の積み重ねで縁をつなげ続けている会ですか?
鶴瓶:毎回、当日までゲストは明かさずにサプライズで登場する形式でね。アンミカも5年前かな、来てくれたな。この会も300回を超えました。70人くらいしか入らないええ場所やからね。
アンミカ:『家族に乾杯』もそうですが、鶴瓶さんのお仕事は長く続くものが本当に多いですね。
鶴瓶:長くやらないとわからへんことが多いでしょ。自分が「やってよかった」と思える仕事で相手が喜んでくれたら最高やろ。ただそれを続けているだけですよ。
アンミカ:相手に寄り添い、楽しませようとする真心。鶴瓶さんの「縁は努力」の真髄ですね。
笑福亭鶴瓶さんのHLLSPD
鶴瓶さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!
Happy:何をしているときが幸せですか?
ハワイにいるとき。
Lucky:小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?
島民5人の島へ番組で行ったら、そのうちの1人が知り合いだった。
Love:あなたが好きな言葉は?
縁は努力。
甘酸っぱい青春時代から中村勘三郎さんとの思い出まで、すべての話にオチがある後編も大注目!
◆モデル・俳優・アンミカ
アン ミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。
◆落語家・笑福亭鶴瓶
しょうふくてい つるべ/1951年生まれ。大学を中退し、六代目笑福亭松鶴に弟子入り。関西で活動後、東京に進出。数多くのバラエティー番組で活躍するほか、俳優としても人気を博す。タレント活動と並行して、自身の独演会や「鶴瓶噺」など幅広く活動中。
構成:渡部美也 衣装:ブラウス/MANGO スカート/Lauren Ralph Lauren ピアス /en VOGUE(アンミカさん)
※女性セブン2026年3月26日・4月2日号