
モデル・俳優のアンミカさんが「ずっと会いたかった人」をゲストに招き、軽やかに奥深く人生を語らう注目連載「アンミカのカラフル幸福論」。第11回ゲストは太陽のように明るい笑顔とダブルピースがトレードマークの井上順さん。昨年、ドラマでご一緒させていただいたときも、順さんがいらっしゃるだけで現場が癒しの光に包まれました。そんな順さんの“笑顔に導かれた”スター人生をひもときます!
順さんはあったかい明かりのような、みんなの癒しです
井上:やあ、アンミカさん! またお会いできてうれしいよ!『もしがく』( ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』/フジテレビ系)の撮影以来だね。
アンミカ:順さ~ん! こちらこそ、順さんスマイルを久しぶりに拝見して、さっそくハッピーな気持ちです。ドラマの撮影でも“イエーイ♪”とダブルピースで現場に入ってこられて、いつも明るくあったかい明かりのような、みんなの癒しだったんです。
井上:お役に立てたなら、うれしいね。ぼくこそ『もしがく』はいい時間をもらったと思っているの。主演の菅田将暉さんをはじめ、皆さんのみずみずしい表情に触れるだけで幸せな気持ちになった現場だった。若い人の息吹はすごいなって。あとね、アンミカさんの演じる姿を見て、この女優さんはすごいなと感心したんだよ。
アンミカ:えぇっ!? 連続ドラマ初挑戦で、最初のご挨拶のときも「53才の新人ですのでいろいろ教えてください!」と言ったぐらいでしたので、そんなそんな…。
井上:本当に感心しましたよ。この間もプロデューサーと演出家のかたと一杯やったときに、「すごいね、アンミカさん!」「やっぱりそう思うよね?」と盛り上がったんだよ。アンミカさん、くしゃみしなかった?
アンミカ:したかも(笑い)。そんな光栄な噂をしていただけるなんて、夢のようです!
井上:姉御肌のベテランダンサーを演じていたけれど、それがもう抜群で。昔、銀座に日劇ミュージックホールという、妖艶なお姉さんたちが踊る大人の世界の舞台があったんですよ。まさにドラマに出てきた「WS劇場」の雰囲気で、女優の春川ますみさんもそこから羽ばたいた。
アンミカ:わぁ、あの世界を生でご覧になっていたんですね。
井上:ザ・スパイダースで日劇に出ると、たまにお姉さんたちの楽屋へ行ってね。ふらりとのぞくと、「順ちゃん、遊んでらっしゃいよ」なんて手招きしてくれて、たまらないんですよ。
アンミカ:お姉さまがたにかわいがられる光景が目に浮かびます。
井上:アンミカさんがあの当時の空気を感じさせてくれたんです。日劇のダンサーさんたちは美しいだけではなくて、情に厚かったの。そういう先輩がいたから、女性って素敵だなと憧れを抱いたんです。そんな彼女たちの思い出と重なりました。

ザ・スパイダースとの大きな出会い
アンミカ:ドラマの現場でご一緒して、順さんの貴重なお話をもっとうかがいたいと思っていたので、こうしてご縁をいただいて本当にうれしいです。芸能界にはもともと興味がおありだったんですか?
井上:全然なかったの。知らず知らずのうちに人生の方向性が芸能界へ定まっていったというのかな。13才の頃、母に連れて行かれたあるお宅で劇的な出会いがあったんですよ。「お友達がいるから、奥へ行ってみてごらん」と促されて部屋をのぞいたら、ちょっと年上の人たちがギターやピアノを弾いたり、ドラムを叩いたりして、洋楽を歌っていたんです。まだ、昭和30年代に入った頃のこと。
アンミカ:当時の中学生には新鮮だったんじゃないですか。
井上:衝撃でしたね。両親とアメリカ映画を見たり、レコードを聴いたりしていたので、「すごい、大好きなあの世界だ」って。そこにいたのが「野獣会」と名乗って活動するかたたちだったんですよ。
アンミカ:中尾彬さんや大原麗子さんをはじめ、錚々たるかたがたが集まったサロンのようなグループですよね。
井上:夢見る若者たちの集まりだったね。女優の秋本まさみさんが率いて、目立つ名前にしようと名付けたんですって。母と出かけたのは秋本さんのお家で、野獣会のたまり場だったんです。「いつでもいらっしゃい」と言ってもらったから、授業が終わると毎日遊びに行っていました。
アンミカ:順さんってば、おませさん!
井上:はははは。皆さんがまだ売れる前でさ、先輩に囲まれて、中学生の自分には刺激的でした。
アンミカ:毎日、どんなことをされていたんですか?
井上:兄貴分で俳優の峰岸徹さんに連れられて、社交場へ背伸びして通っていました。野獣会は音楽好きの集まりだから、楽器を練習したりレコードを聴いたり。そうしている間に、練習だけじゃなくデビューしようという話になって、「野獣会オールスターズ」というバンドを結成して地方巡業したりなんかもして。まだ誰もがスターになる前なんだけど(笑い)。
アンミカ:それから皆さんしっかりスターになるのがすごい! 順さんのパートは何でした?
井上:ぼくは笑顔担当(笑い)。ジャズ喫茶のステージに立つだけで楽しくて、にこにこ突っ立っているだけでした。でも、峰岸さんに「順、そろそろおまえも歌を覚えろ」と言われて、歌のレッスンを始めました。
アンミカ:自由な空間でありながら表現することに真剣で、贅沢な環境だったんですね。歌はお得意ではなかったんですか?
井上:まったくダメ!随分下手な子が来ちゃったなぁ、と先生を困らせていたんじゃないかな? でも先生の持ち上げ方が上手なのよ。「順ちゃん、とてもいい!歌はね、雰囲気よ!」って(笑い)。ぼくは素直だからそれで自信持っちゃって。歌のレッスンをしばらくさせてもらってから、ジャズ喫茶でも歌うようになりましたね。
アンミカ:大勢の前でいきなり歌うなんて、エンターテイナーの気質をお持ちでいらしたんですね。
井上:子供だし、ただ刺激的で楽しかったんです。野獣会のご縁で歌だけでなく、週1回、お芝居のレッスンにもまぜてもらっていたんです。中尾ミエさんや園まりさん、梓みちよさん、木の実ナナさんらがいらっしゃいましたね。
アンミカ:うわぁ~。願って得られる環境ではないと思いますが、おっしゃる通り、純粋に楽しくて足を運ばれるうちに、芸能の世界へ導かれていったんですね。
井上:本当だね。東京のジャズ喫茶に「野獣会オールスターズ」としてよく出させてもらいました。お店では昼夜でバンドが入れ替わり、そのときに「田辺昭知とザ・スパイダース」と顔見知りになるわけです。
アンミカ:いよいよ、スパイダースとの運命の赤い糸が。
井上:来ましたよぉ。ある日、昼のステージ後に銀座で靴を磨いてもらっていたら、リーダーの田邊(昭和)さんに声をかけられたんです。
アンミカ:街角でスカウトを。
井上:「元気?」「はい、元気です!」と話して、「ちょっと話せる?」と言われた。「実はスパイダースはいまのスタイルから変えていこうと思っているんだ」と、こんな感じで。
アンミカ わぁ! 歴史が変わる瞬間ですね…!
井上:ぼくが16才くらいだったかな。その頃のバンドって、洋楽のカバー曲を演奏することがメインで、歌はゲスト歌手を招くことが多かったの。でも田邊さんは、これではバンドに明るい未来がないと悩んでいて、メンバー全員に見せ場があって、オリジナル曲を歌うという新しいスタイルを考えたんです。ボーカルには共演経験のある堺正章さんを迎えてね。堺さんはトークの才能もずば抜けていて、ボーカル兼MCとしてバンドの顔になっていきました。
アンミカ:そして最後に白羽の矢が立ったのが、順さん。
井上:なんかね、6人編成の予定だったんだけど、6人は収まりが悪いなと。6だとロクでもないっていう感じになってしまうからって(笑い)。それで、田邊さんがぼくを誘ってくれたんです。

ジャズ喫茶でのライブに大勢の女学生の理由
アンミカ:新生スパイダースはすぐに人気になられたんですか?
井上:とんでもない。最初はお客さんが3人くらい(笑い)。でも全然めげなかった。リズムギター担当のかまやつひろしさんはプロデュース力にも長けていて、仕事が終わるとぼくらを米軍キャンプへ連れて行ってくれるんです。そこのステージでは常に新しい音楽が演奏されていて、バンドメンバーが踊っている。かまやつさんから、「これだよ。これをぼくらもやっていくから、よく見ておいて」と言われました。そこからスパイダースは直立不動を捨てて、曲ごとにパフォーマンスするバンドに生まれ変わったんだよね。
アンミカ:見たことのないステージに、ジャズ喫茶のお客さんは釘付けになったんじゃないですか。
井上:そうなの。口コミがどんどん広がって、あるときはステージに出た瞬間「キャーー!!」と黄色い声がすごいのよ。地方の女学校の生徒さんたちが東京でスパイダースを見たいと言って、修学旅行のコースになっていたの(笑い)。
アンミカ:SNSのない時代にすさまじい影響力ですね。新しいものにアンテナを張り続け、時代と手を組む決断力が大事なんですね。
井上:ありがとう!でもそれは田邊さんとかまやつさんの功績ですよ。すごいグループにいられたことがうれしいなって。
アンミカ:芸能界入りのきっかけをつくったお母さまは、順さんの活躍にどういう反応でしたか?
井上:悪いことをしなければ何をやってもいいというスタンスで、あまり干渉しないんです。スパイダースに入る話をしたときも、「あ、ほんと。頑張りなさいね」ってあっさり。でも、ぼくに言わずにステージには必ず来ていたみたい。
アンミカ:すごく順さんを信頼していて、愛情深いお母さまですね。
井上:ぼくの両親はとっても素敵なふたりなのよ!
アンミカ:そうやってご両親の話をする順さんも素敵です!
井上:うちの親父はね、根っからの遊び人。でも朗らかでジェントルマン。ぼくの親父を知っている人にどういう人だったか聞いたら、「最高だったよ。最高のスケベだった!」って(笑い)。
アンミカ:すごい褒め言葉!
井上:あははは。みんなに愛されて、みんなにいい顔をするから「いい加減にしてよ」と言われることもあったらしいんだけどね。それ聞いて、“あ、自分もそうだな”って思うんですよ。
アンミカ:血は争えないと言いますか…。
井上:そうそう。そういう親父だったから、両親は離婚して母に育てられたんだけど、母は強い! 男勝りで行動力があって、自分で会社を経営していました。
アンミカ:女性がバリバリ働く時代でもないなかで、すごいです。何の仕事をされたんですか?
井上:おかたい仕事だよ。“かたい”と言っても鉄鋼会社じゃないよ(笑い)。離婚したからって子供に貧しい思いをさせたくなかったんだろうね。映画館に連れて行ってくれたのも、そういう考えがあったのかもしれない。
アンミカ:歩みを振り返ると、お母さまがいろんな種をまいてくださって、その種をじっくり育んで花開かせたことがわかります。
井上:家族に始まり、野獣会やスパイダース…人と交わる場所がぼくを成長させてくれるんです。こうやってアンミカさんと話しているいまもね。
アンミカ:ありがとうございます! 人との出会いと、起こった出来事、それら一つひとつに感謝と愛を持つ。それが順さんのお人柄をつくっているんですね。
井上 順さんのHLLSPD
井上 順さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はHappy、Lucky、Loveについて直撃!
Happy:何をしているときが幸せですか?
毎日24時間を頂戴している幸せ感謝しています。
Lucky:小さなことでも「ラッキー!」と思ったことは?
マイナンバーカードを落としたが悪用されず警察署に届けられていたこと。
Love:あなたが好きな言葉は?
心を尽くして、力を尽くして。
突如訪れた難聴の苦悩をも乗り越えた、順さん流ポジティブ人生論が後編でも大炸裂!
◆モデル・俳優・アンミカ
アン ミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。
◆俳優・井上 順
いのうえ じゅん/47年生まれ。1963年、ザ・スパイダースに加入し、グループサウンズブームを牽引。解散後は、ドラマ『ありがとう』出演のほか、『夜のヒットスタジオ』では司会を担当。現在も役者などエンターテイナーとして多岐にわたって活躍中。
構成:渡部美也 衣装:ガウン、パンツ/ともにレオナール ブラウス/マレーラ ピアス/アビステ(アンミカさん)
※女性セブン2026年4月16・23日号