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《中尾彬さん三回忌》手つかずのまま残された“長男への相続”という難題 元妻は「私にも息子にも何も連絡はないですよ」

三回忌を迎えた中尾彬さん
写真3枚

 芸能界でいち早く「終活」に取り組み、メディアでも積極的に口を開いたおしどり夫婦。だが終活における重要なトピックであるはずの「相続」に話が及ぶことはなかった。ふたりが抱えた難題とは──。

 色とりどりのアジサイが咲き始めた東京・台東区にある寺院に、角のない墓石を3つ重ねた個性的なデザインの墓が立っている。「無」の文字が刻まれたこの墓に眠るのは、2024年5月16日に心不全のため亡くなった中尾彬さん(享年81)だ。突然の別れから2年──強い日差しが照り付けた5月中旬、仏花が飾られ手入れの行き届いた墓の前で、中尾さんの妻・池波志乃(71才)は静かに手を合わせていた。

「中尾さんの三回忌法要が営まれました。参列したのは、ご夫婦とごく近しかった数人のみと聞いています。葬儀も偲ぶ会も開かないと決めていたふたりらしく、三回忌も静かな法要となったようです」(池波の知人)

 中尾さんと池波は芸能界でいち早く「終活」に取り組み、中尾さんは理想の“逝き方”を実現した。その一方で、1つの難題がいまだ手つかずのまま残されている──。

 おしどり夫婦が2013年から本格的に着手した終活は注目を集め、2018年には共著『終活夫婦』(講談社)を上梓。以来、ふたりはメディアや講演で積極的に終活エピソードを発信するようになったが、終活において重要なポイントである「相続」について触れることは一切なかった。中尾さん亡き後も池波は多くのメディア対応を続けたが、やはりその2文字は登場しない。ふたりが口を閉ざした「相続」こそが、残された難題だった。

 人生で2度の結婚を経験した中尾さん。池波との間に子供はいないが、中尾さんが1970年に結婚した元妻との間には、1人の息子がいる。そのため、中尾さんの遺産の法定相続人は、池波と息子の2人。中尾さんが亡くなった当時、元妻は本誌『女性セブン』の取材に次のように語っていた。

「相続の話があれば、あちらの奥様(池波)から言ってくださるでしょうけど、連絡は一切なく、こちらから何か言うつもりもありません。ただ、(中尾さんが)息子のことを大切に思っていたのなら、生きているうちに“けじめ”をつけるべきだったのではないでしょうか。私は関係ないけど、息子に失礼ですよね。私はその点は怒っています」

三回忌を迎えた中尾さんが眠る墓
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 中尾さんの三回忌を前に再び元妻の元を訪ねると、言葉少なく淡々とこう明かした。

「私にも息子にも何も連絡はないですよ。もうね……関係ありませんから……」

 中尾さんと元妻の間には1970年に息子が誕生したが、中尾さんの不倫がきっかけで1975年に別居。その後は慰謝料をめぐる調停が長引き、1978年に2000万円を支払うことで離婚が成立した。

 その頃には不倫相手の女性との関係を解消して、テレビドラマで共演した池波と交際していた中尾さんは、離婚が成立したその年に再婚した。中尾さんと池波を古くから知る友人が、懐かしそうに結婚当時を振り返る。

「誰が見ても幸せいっぱいのふたりだったけど、お酒が入ると中尾さんの前の奥さんと息子さんのことで、けんかすることがあったわね。志乃ちゃんの嫉妬もあったと思うけど……あの頃は金銭的にも大変で、お金に無頓着な中尾さんに代わって、家計を切り盛りしていたのは志乃ちゃん。慰謝料や養育費で家計は楽じゃなく、封筒貯金でコツコツお金を貯めていたんです。

 新婚なのにっていう悔しい気持ちもあったのよ。それなのに、前の家族のことを言われるとつらくなったんでしょうね。ヒートアップした志乃ちゃんが、涙を流していたこともあったわ」

 こうしたやりとりがあったからか、再婚を機に中尾さんの息子への態度は急変している。

「当時、別居中でも息子への愛情をメディアで明かしていた中尾さんですが、再婚後は“おれには子供がいない”と話すようになったんです。“志乃さんとの間に”という意味なのはわかっていましたが、中尾さん自身、どこかで息子の存在を忘れるために言っているようなところもありました。

 でもたった一度だけ、“会いたい”と連絡をしたことがあったんです。ただその願いが叶うことはなかった。離婚後、中尾さんは一度も息子と顔を合わせていません」(中尾さんの知人)

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