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「アンタは人の話を聞いてないッ!」と激怒され… “生きた心地がしなかった”細木数子さんへの取材体験をオバ記者が告白

威圧するだけ威圧した後に本気で怒り出し…

 さて、どうしたものか。考え抜いたあげく、当日の取材をできるだけスムーズに進めようと、私は「すべての星×3か月ぶん」の枠を書いた大きな表を作り、聞いたことをすぐ書き込むことにした。準備を整え、意気込んでいた。なのに雪豹先生は、私を威圧するだけ威圧して、カメラマンと雑談ばかりしている。

 あぁ、こうなったら先生の来歴だけはキッチリと聞こう、と口を開いたとたん、「アンタは人の話を聞いてないッ! あんたの取材なんか受けないよ。いいか、編集長にそう言っとけ」と本気で怒り出した。「私、そんなに悪いことを聞きましたか?」と頭を下げたまま聞くと、「その態度が人の話を聞いてないっていうのよッ」ととりつくシマもない。

『ズバリ言うわよ!』(TBS系)などの人気番組を持ち、“視聴率女王”と呼ばれた細木さん
写真4枚

 著書には「中国古来の易学・算命学・万象学などをもとに、細木数子が独自に編み出した占いが『六星占術』である」と書かれていた。そこで私は、「先生、すごいですねぇ。中国の古文書をお読みになるのは大変だったんじゃないですか?」と水を向けた。後に何人かの先輩諸氏にこの話をすると、「そりゃあ、先生が怒るのは当たり前だよ。“当てこすり”に聞こえるよ」と言われた。

 私は首を傾げた。そんなつもりはまったくなかった、とは言わない。でも百戦錬磨の細木先生がこのガチ質問にどう返すか、興味を抑えられなかった。私はこの性分のせいで、これまで何度も踏まなくてもいい板を踏み抜いて奈落に落ちている。

 編集部で顛末を話すと、「知らねぇよ。自分で始末をつけろ」と突き放された。私は身を二つに折って謝りに行き、記事にすることは許されたのだけど、その間、生きた心地がしなかった。

今でも思い出す“赤い手”

 それから月日が流れ、私は50代になっていた。細木さんはその姿をテレビで見ない日がないほど、時代の寵児になっていた。そんなある日、当時住んでいた文京区駒込の大衆居酒屋のカウンターで飲んでいたら、隣の席の女性から「どうぞ」と瓶ビールを差し出された。その手つきからしてただものではない。

 そしてしばらくして打ち解けると、「私、若い頃、銀座の細木のママの店にいたのよ」と語り出した。「おっかない人でしょ」と返すと、「そう言う人もいるよね。でも私が真っ先に思い出すのは、赤い手なの」と言う。

「細木のママは『お店のコ(ホステスたち)はお客とおいしいものを食べに行っても、こういうものは食べられないんだよ』と言って、熱々の炊き立てご飯を手にのせて、私たちにおにぎりをたくさん握るのよ。『少しでも冷えると味が落ちるから熱いうちに握るの』って。これ、できることじゃないよ」と言いながら、私のグラスにビールを注いでくれた。

 それから私は、細木数子と聞くと、“赤い手”が思い浮かぶようになった。そうした話や私とのやり取りを振り返ってみると……意外と愛すべき“不器用な人”ではなかったかといまは思っている。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2026年6月4日号

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