
古今東西、家族関係の悩みはなくならず、とりわけ嫁姑問題は時代が変わってもなお永遠だ。実際の事件を紐解くと、深い憎しみが、一線を越えてしまう悲劇が明らかに──。
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1995年12月9日の朝、北海道苫小牧市の主婦・佐藤みどりさん(46才・仮名)がパート先へ向かったまま行方不明になった。無断欠勤となった職場近くの駐車場には施錠された車が残されたまま、2日が経った。
事態が動いたのは11日の昼。みどりさんの実家に「娘を預かった」と男から脅迫電話が入ったのだ。警察は誘拐事件を視野に捜査を開始したが、周囲の祈りも虚しく事件は最悪の結果を迎える。17日の深夜、市内の山林に埋められたみどりさんの遺体が発見されたのだ。
捜査を進めていた警察が逮捕したのは3人の女だった。主犯格はみどりさんの実父(69才)の後妻である佐藤ミヨ子(56才・仮名)。みどりさんから見れば継母にあたる。共犯者はいずれもミヨ子と同年代の女性で、資金難に苦しむ美容院経営者とその友人だった。
「動機は金でした。みどりさんの実父は建築会社を営み、不動産など10億円近い資産を持っていました。しかし、後妻として入ったミヨ子に遺産を残すつもりはなく、再婚した1987年までに、すでに遺産がわりに約2000万円がみどりさんに渡されていました。また、“全財産を娘のみどりに残す”という内容の遺言書を作成したことにも、ミヨ子は取り分がなくなると強い焦りを抱いたようです」(地元紙関係者・以下同)
「みどりさんが邪魔になった」
そう供述したミヨ子は、自分の財産の取り分を確保するために殺害を計画。共犯の2人には成功報酬として500万円ずつ支払う約束をしていた。
実はミヨ子は、それまで何度もみどりさんの殺害計画を練っていたという。
「1年前の夏からみどりさんに殺意を抱いていたようです。知り合いの暴力団員に殺害を依頼したり、2度にわたってみどりさんに睡眠薬をのませるなどして殺害を試みましたが、いずれも失敗に終わっています。
そのため、殺害の手順や役割分担などを共犯者と細かく打ち合わせて、今回の犯行に及んだそうです。男からの脅迫電話も、捜査かく乱の目的によるものでした」
ミヨ子が立てた殺害計画はこうだ。午前7時頃に駐車場でみどりさんを待ち伏せ、モデルガンで脅して無理やり自身の車に押し込む。走行中の車内では鼻や口を粘着テープでふさいだうえ、頭にビニール袋をかぶせた。さらに山林へ連れて行き、車内で致死量に達する大量のインスリンを注射した。この薬品は糖尿病治療に使われるもので、昏睡状態になり死亡することを狙ったものだった。
「それでもみどりさんが死に至らなかったため、最終的にひもや手で首を絞めて窒息死させました。その後、女たちはあらかじめ掘っておいた穴に遺体を埋めました」
1996年3月19日の初公判でミヨ子は涙を拭いながら起訴事実を全面的に認めた。3人に下された判決はミヨ子が懲役16年、共犯の2人はいずれも懲役11年。「刑が重すぎる」と控訴したミヨ子だったが、高裁で棄却された。
※年齢は事件当時。
※女性セブン2026年6月4日号