ライフ

在宅クリニック院長で僧侶の岡山容子さんが語る「自分らしい最期」の迎え方 「死は人生の延長線上にある生理現象。だからこそ恐れずに自分らしく生き切る」

おかやま在宅クリニック院長の岡山容子さん
写真2枚

 すべての人に必ず平等に訪れるのが「死」。誰もが直面して初めて経験する未知の舞台だ。だからこそ、後悔なく、理想的で、最高の大往生を迎えたいと願うのは当然だろう。臨床の現場で「命のともしびが消える瞬間」に向き合ってきた名医に自身はどのような「極上の最期」を思うのか聞いた。

「人は生まれたら必ず亡くなるので、どんな死に方でも受け入れるだけです。理想の最期は特にありません」

 そう言い切るのは、おかやま在宅クリニック院長の岡山容子さん。僧侶の資格を持つ彼女は、「死は生理現象です」とも語る。

「死ぬのは自然なことで、受精して誕生して、第二次性徴が始まり閉経を迎えるという人生の延長線上にある生理現象です。

 病死、事故死、災害死など、どういう亡くなり方だろうが必ず訪れ、“決まった型”もないので、私はそれに対する準備をしようとも思いません」

 若い頃の岡山さんは準備を整えて亡くなる患者を見て自分も見習おうと考えたが、徐々に「準備はいらない」と思うようになった。

「いまは同年代が当たり前のように亡くなり、先日は友人が家族の目の前で致死性不整脈を起こして突然死しました。年齢的に死を身近に感じて、だったら逆に準備をしなくてもいいやと思うようになりました」(岡山さん・以下同)

死ぬ瞬間までしっかり生き切ることが大事

 誰しもいつどのように死ぬかわからないので死に備える必要はない。大切なのは、「いまを生きる」ことだと岡山さんは強調する。

「『年を取って死が近づきました。どんな気持ちで死に向かえばいいですか?』とよく聞かれますが、人はいつか必ず死ぬからこそ、死ぬ瞬間までしっかり生き切ることが大事です。死は必ず訪れ、避けられないものであることと、それでも死の瞬間までしっかり生きることは私の中で矛盾なく両立しています」

 ではどのように死の瞬間まで生きればいいのか。

「先生、私このままがんで弱って死ぬんやろ。これからどう生きればええんか」

 あるとき、末期がんの患者から悲壮感とともにそう問われた岡山さんは「あなたはこれまでどんなふうに生きてきましたか」と尋ねた。それから患者の長い人生語りに耳を傾け、その内容をカルテに書き留めた。

年齢や病気を気にするより、これまでの自分の生き方を振り返り、生き切ることが大切(写真/PIXTA)
写真2枚

「話が終わってからカルテにメモした内容を“あなたの人生はこうだったんですね”と読み上げたら、彼女はすごく満足そうにうなずいて聞いていました。最後に私が『では、これからもそのように生き続けるだけです』と話すと、彼女はハッと気づいたような顔をして深くうなずきました」

 その後、その患者は海外の友人とオンライン会議ツールのZoomでおしゃべりし、親戚に戒名をリクエストして「字が多すぎるわ、アハハハ」と大笑いするなど、明るく過ごした。

 最期までどう生きるかは、こうしたケースを参考にしてほしいと岡山さんは語る。

「あまりに明るくて周囲も目が点になっていたそうです。彼女は亡くなる直前まで『私は自分らしく、凜として生きていたいねん』と語っていました。自分らしい最期を迎えるには、自分らしく生きることが何より大切です。死を恐れず、それまで生きてきた通り、死の瞬間まで“生き切る”以外ないと思います」

 そんな岡山さんだが、自分が死んだ後に残された人たちが困らないよう、保険やデジタル関係のパスワードなどを家族に伝えている。

 そして自分の最期に望むのは、周囲が死を淡々と受け入れることだ。

「私が死ぬとき、家族にしてほしいことは特にありません。ただ嘆き悲しんだり“私のせいや”なんて悔やんだりはしないでほしい。人が生きて死ぬのは自然な営みです。それに対して家族や近しい人が嘆いたり悔やんだりする必要はありません」

【プロフィール】
岡山容子/京都府立医科大学卒業後、麻酔科医を経て在宅医療分野へ転向。おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療などに携わる。2020年、真宗大谷派にて得度を受け僧侶に。

※女性セブン2026年6月4日号

関連キーワード