
天真爛漫な笑顔でお茶の間を照らし、笑いの神がついていると評された女優の中村玉緒さん。最愛の夫・勝新太郎さんと歩んだ、愛と波乱に満ちた日々。そして、彼女が最期に見た景色とは──晩年を知る人々の証言から、その人生の終幕に迫る。【全文】
「最後にお会いしたのは5月の半ば。手土産にプリンやヨーグルトを持って行くと喜んで食べてくれてね。『7月の誕生日にはメロンを食べたい』なんて楽しそうに話して、普段と変わらずお元気そうにしていたのに……。本当に突然のことだったので、いまも信じられない気持ちでいっぱいです」(玉緒さんの知人)
6月9日、映画や舞台で活躍し、天真爛漫な人柄で親しまれた中村玉緒さん(享年86)が肺炎で亡くなった。最愛の夫、勝新太郎さん(享年65)が1997年6月に他界してからおよそ30年。勝さんの命日を目前に控えた突然の旅立ちだった。
玉緒さんが晩年を過ごした都内の介護施設のベッドは胡蝶蘭や薔薇の花に囲まれ、壁一面に家族の写真が飾られていたという。別の知人が語る。
「勝さんと共演した最初で最後の舞台『夫婦善哉 東男京女』(1996年)のポスターや、夫婦で顔を寄せ合うツーショットが壁に貼られていました。反対側の壁には歌舞伎俳優の父や兄、お子さんたちの写真が所狭しと飾られ、玉緒さんは毎日、手を合わせて話しかけていたそうです」
生前、「家族がいちばん大切」と語っていた玉緒さんにとって、家族との写真はかけがえのない宝物だった。勝さんの兄・若山富三郎さんの長男で、玉緒さんの甥にあたる俳優の若山騎一郎が振り返る。
「去年の冬に施設を訪れたとき、玉緒おばちゃんは、勝おじちゃんや子供たちと京都の動物園に行ったときのモノクロの写真を指さしながら『このときは本当に楽しかった』、『幸せだった』としみじみと話していました。
振り返れば、波瀾万丈で苦労の絶えない人生だったはずです。けれど、おばちゃんの中でいつしかつらい思い出は消え去り、温かく幸せな記憶だけが息づいていた。微笑みながら『パパさん(勝さん)に会いたいわ』と言った言葉が後ろ向きではなく、どこまでも前向きだったことが強く印象に残っています」

玉緒さんは1939年、京都で人間国宝の二代目中村鴈治郎の長女として生まれ、兄は後の坂田藤十郎という上方歌舞伎の名門に育った。
「14才のときにスカウトされて銀幕デビュー。幼なじみの市川雷蔵さんや山本富士子さんを支える愛くるしい娘役として人気を博し、1960年公開の映画『大菩薩峠』などの好演でブルーリボン賞を受賞しました。
勝さんとの交際は同年に公開された映画『不知火検校』での共演がきっかけ。マネジャーを通じて、結婚前提の交際を申し込まれた玉緒さんは、ためらいながらも思いを受け止め、1962年、玉緒さんが22才、勝さんが30才のときに結婚しました」(映画関係者)
後に玉緒さんは当時の心境をこう振り返っている。
《大人になって初めての恋でカーッとなって、まあ、言うたら初恋の人と一緒になったわけです》(『中村玉緒の平成おんな大学』集英社be文庫)
勝さんの父は長唄三味線の大家・杵屋勝東治。19才の若さで二代目杵屋勝丸を襲名した勝さんも天才奏者とうたわれたが、ジェームズ・ディーンに憧れて役者に転身。若手俳優として頭角を現す一方で、豪快な私生活がたびたび世間を賑わせた。
「派手に遊んだ昭和のスターの中でも、勝さんの金遣いの荒さと女性関係は桁違いでした。玉緒さんもある程度は覚悟していたようで、結婚するときに《よそに子どもを作っても、認知だけはしないでください》という条件を出したそうです。浮気を繰り返した勝さんはその約束を守りましたが、財産どころか借金しか残らなかったので、玉緒さんは『よその子が出てきても取られるものが何もない』と笑っていました」(芸能関係者)
自由気ままな勝さんと気の強い玉緒さんとの間にはけんかが絶えなかった。
「1971年に玉緒さんから別れを切り出された勝さんが離婚会見を開き、玉緒さんが“やっぱり別れない”と言い出して撤回した騒動もありました。大物役者と梨園出身の妻のすったもんだは、その後もワイドショーを賑わせましたが、勝さんは“中村玉緒なくして勝新太郎は存在しない”と断言。玉緒さんも“来世でも一緒になりたい”と言って、最後まで勝さんを支え続けたのです」(前出・芸能関係者)
勝さんが設立した事務所「勝プロ」が約12億円の負債を抱えて倒産したのは1981年。追い打ちをかけるように翌年、家族が大麻の密売で逮捕され、1990年には勝さんがマリファナとコカインをハワイに持ち込んで逮捕される事件が日本中を騒がせた。
「家族が全員、警察の事情聴取を受けた上に、違約金で億単位の借金が降りかかりました。玉緒さんは、勝さんに代わって債権者に頭を下げ、大切な着物や宝飾品をすべて売り払ってお金を工面したそうです。勝さんが亡くなった後も休みなく働き続け、ついに自己破産することなく自力で完済したのです」(前出・玉緒さんの知人)