グレイヘアを染めなきゃね
窮地を救った恩人のひとりが、明石家さんま(70才)だった。
「玉緒さんが“ガハハ”と豪快に笑うキャラクターが世間に知られるきっかけとなった番組が『さんまのまんま』(フジテレビ系)。女優の仕事に誇りを持っていた玉緒さんはバラエティー番組に出ることを嫌がっていたものの、さんまさんの絶妙なイジリで天然で飾らない魅力が開花。仕事が急増し、生活が少しずつ安定したことをずっと感謝していました」(前出・別の知人)
玉緒さんの訃報を知ったさんまは、6月13日に放送された自身のラジオ番組『MBSヤングタウン土曜日』(MBSラジオ)で、「心にポカンと穴があいたよう」と寂しさを吐露。施設に会いに行かなかった理由を「おれに会ってもわからなかったらどうしようとか。弱っている玉緒さんを見るのも嫌やし」と打ち明けた。前出の玉緒さんの知人が続ける。
「さんまさんのことを忘れるどころか、玉緒さんはよく、施設を出たら『さんまさんと麻雀をしたい』と話していました(笑い)。もう1人、玉緒さんが深く感謝していたのが松平健さん(72才)です。勝さんの元付き人だった松平さんは玉緒さんを“奥さん”と呼び、きれいな花を贈ってくれたり、頻繁に様子を見に来てくれて、玉緒さんも喜んでいたそうです」

施設に入居してから、約3年。玉緒さんは仕事を休んで休養に努めていたが、舞台に復帰することを諦めたわけではなかった。
「いつでも人前に出られるように肩まで伸びたグレイヘアを『染めなきゃね』と言っていたし、足の調子がいいときは『そろそろ歩けそうだから仕事ができるね』とうれしそうに話していたそうです」(前出・別の知人)
最期の瞬間まで女優として誇り高く生きた玉緒さん。旅立ちの後、メイクを施され、穏やかに眠る姿は生前と変わらず凜として美しかったという。
※女性セブン2026年7月2日号