そんなご親睦の深い王室の人々が勢揃いした17日の晩餐会では、雅子さまはひときわ輝かしいお姿を見せられていた。
「国王夫妻の娘である王女3人も全員出席した晩餐会は、食事に牛フィレ肉や桜のソースを用いたケーキなどが並び、まさに豪華絢爛。その中で雅子さまは新調されたとみられる青地に金色の花模様があしらわれたゴージャスなドレスをまとわれ、皇后としての自信がにじみ出ておられるかのようでした。
令和以降の海外訪問では白を基調にしたお召し物が多かっただけに、華やかなお姿には列席者から感嘆の声が上がったそうです。オランダ国旗の色を意識したと思われるブルーは、肩に掛けられていたサッシュベルトとも同色でマッチしており、ダイヤモンドが2連になったネックレスが華を添えていました」(前出・皇室ジャーナリスト)

格式高い雅子さまの装いの中でも、頭上に煌めいていた通称「第三ティアラ」は、初のご着用とあって大きな話題になった。
「雅子さまはこれまで、御代がわりの儀式などではおよそ21カラットの星飾りのダイヤがついた“第一ティアラ”を、2024年の英国ご訪問では大きな菊のモチーフが印象的な“第二ティアラ”をそれぞれご着用されています。一方“第三ティアラ”とは、昭和天皇の弟・秩父宮さまの妻である勢津子さまが、1928年のご成婚の際に製作したといわれるもの。過去には美智子さまが北欧ご訪問の折に、晩餐会でつけられています」(宮内庁関係者)
あえて今回「第三ティアラ」を雅子さまが着用された理由を、放送作家のつげのり子さんはこう推し量る。
「主催側のマキシマ王妃は、希少価値が高い約40カラットの“スチュアート・ダイヤ”をあしらった、きらびやかなティアラを着用していました。これに対して、雅子さまが同様に豪華なデザインの“第一”や“第二”をつけられると、まるで張り合っているように見られかねません。そこで比較的控えめな“第三”をチョイスされたのだと思います。事前に入念なご準備をされてのことでしょう」
才色兼備な“社交界の華”
雅子さまはご成婚前、「第三ティアラ」の元の持ち主とされる勢津子さまの自叙伝に目を通されてもいたという。
「1909年、会津藩藩主だった松平家に生まれた勢津子さまは、外交官の父親の赴任地であるイギリス・ロンドンで出生され、幼少期を過ごされています。帰国子女として、ご成婚される前から“社交界の華”とうたわれるほどの才色兼備で知られていました。初めて民間から皇室に嫁いだ女性でもあり、雅子さまはご自身を重ねられていたのかもしれません」(前出・宮内庁関係者)
雅子さまもまた、父の小和田恆さんが外交官だったため、幼少期をロシアやアメリカで過ごされたことは周知の事実。かつて外国に行くことを“生活の一部”と語られ、皇后となられてからも国際親善にご尽力されている雅子さまにとって、勢津子さまは先駆けのような存在でもあるという。
「皇族として各国にお出ましになった勢津子さまは、流暢な英語とユーモアにあふれた人柄で“プリンセス・チチブ”として晩餐会などで大人気だったといいます。一方雅子さまも、マキシマ王妃をはじめとする世界の王族方と心を通わせ、海外の要人と接せられる際も、通訳を挟まずにご懇談されることが少なくありません。
英語力を生かして国際親善に臨まれるお姿も、勢津子さまと重なる部分が多いのです。雅子さまが2か国を歴訪されるのは、実に24年ぶり。この大事な機会だからこそ、国際親善の“先達”たる勢津子さまゆかりのティアラを身につけることを選ばれたのかもしれません」(前出・宮内庁関係者)
プリンセスたちがつないできた歴史も胸に、雅子さまはより一層、世界を舞台にご活躍されていく。
※女性セブン2026年7月9・16日号