
先の欧州歴訪では輝くような笑顔を見せられ、ご訪問先の人々と和やかに交流された雅子さま。これまでの療養の歩みにも思いをはせられ、お気持ちを新たにされているという。多数のご公務が控える“後半戦”に臨まれる前に、夏をどう過ごされるかというと──。
徹底的に両陛下の“盾”として尽くした恩人
梅雨の曇り空の下、東京・元赤坂の赤坂御用地に到着した黒塗りの車列。そのうち1台には、オランダ・ベルギーへのご訪問を終えられたばかりの両陛下が乗車されていた。後部座席の窓からお姿を覗かせた雅子さまのお顔には、夕暮れの薄暗い時間帯でもはっきりと見て取れるほどの笑みが浮かんでいたといい──。
7月3日、両陛下は上皇ご夫妻に欧州歴訪のご報告をされるため、お住まいの仙洞御所を訪ねられた。お車から覗かせた笑顔が示すように、雅子さまは歴訪で充実した日々を過ごされたという。
「最初の訪問先となったオランダでは、直接、国際電話で連絡を取り合うほど親密な仲のマキシマ王妃と12年ぶりに再会が叶いました。国王や陛下も一緒にサッカーW杯を観戦され、引き分けで終わった両国の大熱戦を応援タオルを手に見守り、互いの国の健闘を称え合ったといいます。
小児がんセンターの視察や桜の植樹なども行い、精力的に活動されました。続くベルギーでも、現地の在留邦人と親交を深められたほか、国王夫妻とは冗談で笑い合うなど通訳抜きでご歓談。お別れの際には、雅子さまが名残惜しさに涙をにじませる一幕もあったそうです」(皇室ジャーナリスト)
欧州歴訪の前後には、これまでの歩みを支えてくれた“恩人”に思いをはせられる機会もあったようだ。
「今年2月、2011年から約5年間、宮内庁で東宮大夫として両陛下の側近を務めた小町恭士さんが亡くなりました。小町さんは在職中、適応障害の療養で公務がままならない状態だった雅子さまを支え、『週刊文春』に名指しで記事の撤回を求めるなど徹底的におふたりの“盾”として尽くしました。雅子さまは常にその気苦労を思いやり、深く感謝されていたといいます」(前出・皇室ジャーナリスト)
遡れば2006年、雅子さまがご静養のためオランダを訪問された際、同国で大使を務めていたのも小町さんだった。
「両陛下とオランダに深いつながりのある小町さんには、以前から毎日新聞が手記を依頼。彼の死から約4か月後の6月に掲載されました。手記の中では、2006年のご静養が実現した背景に、上皇ご夫妻がオランダを訪問され、同国の人々の対日感情を和らげていたことがあると紹介。今日まで両国の交流が続いていることに“大変心を動かされている”と、万感の思いを記しています。
小町さんは亡くなる直前まで筆を走らせており、手記は逝去した後に遺族を通じ、新聞社に届けられたといいます。最期まで真摯に皇室の発展を願っていた小町さんの文章を読まれた雅子さまは、思わず涙を流されたそうです。奇しくもオランダご訪問と前後してのことで、これまでの療養の道のりと小町さんの献身ぶりを感慨深く思い返されたのではないでしょうか」(前出・皇室ジャーナリスト)
24年ぶりに複数国へのご訪問を果たされた雅子さまは、今年の“後半戦”にあたる夏以降、皇后としてさらにご公務に邁進されることになる。
「まず8月の終戦日には、毎年必ずご出席される『全国戦没者追悼式』に臨まれます。さらに両陛下がお揃いで地方にお出ましになるいわゆる『四大行幸啓』があと3つ残っており、いずれも10〜11月に予定。秋には園遊会もあり、かなりのハードスケジュールです」(前出・皇室ジャーナリスト)
9月には、4年に1度開かれるアジアの国々によるスポーツの祭典「アジア競技大会」も、愛知県で行われる。
「32年ぶりの日本開催とあって開会宣言は陛下がされるとみられ、雅子さまも同行されるはずです。スポーツ好きで知られる愛子さまと、ご一家でのお出ましが期待されているところです。
加えて両陛下は、震災後10年を迎える熊本県にも、秋頃にお出ましになると報じられています。いずれも重要なご公務ばかりで、雅子さまにとっては海外訪問という山場を超えてもなお気が抜けない日々が続くことになります。周辺からも今後のご体調を懸念する声が上がっているようなのです」(前出・皇室ジャーナリスト)
そんな雅子さまは秋以降の過密日程を乗り切るため、7月中旬から栃木県の那須御用邸で2週間程度ご静養されるほか、8月には静岡県の須崎御用邸で過ごされることも検討されているという。