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プロ車いすテニスプレーヤー ・小田凱人がアンミカとの対談で語ったテニス愛「街でテニスコートを見かけるとドキッとします」

プロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人さんとアンミカさん
プロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人さんとアンミカさん(撮影/葛川栄蔵)
写真3枚

9才で骨肉腫を発症し、入院中に出会った車いすテニスで、史上最年少の17才で世界の頂点へ駆け上がった凱人さん。後編では、プライベートの素顔から、絶対的な世界王者として車いすテニス界を背負っていく覚悟などについてたっぷり伺います!

アンミカ:先ほど撮影をご一緒しましたけど、モデルをやらせていただいている私から見ても、凱人さんは撮られ方が悔しいくらい上手でした。

小田:それっぽい感じを出すのに必死なだけです(笑い)。

アンミカ:その“それっぽさ”を出すのが、いちばん難しいのに! やっぱり運動神経のよさがいろんなところに生かされているんだと思う。

小田:車いすテニスもそうですけど、人の真似をするのはわりと得意な方かもしれません。

アンミカ:真似が上手でも自分のものにするのは別。洞察力や学習能力が高いから、習得できるのよ。

小田:真似をしつつ、自分らしさもプラスしていく感じですね。

アンミカ:テニスの技術以外でも真似をする対象を探すことはありますか?

小田:スポーツ選手のインタビューを参考にして、どうやって思いを伝えるのがいいかをよく考えています。

アンミカ:最近は誰か気になる話し方をする選手はいますか?

小田:NBAで活躍している八村塁選手が語る言葉を何度も聴いています。八村選手の言葉には説得力と迫力が宿っていて、人に伝わる言葉を常に持っていると思っていて。

アンミカ:テニスは大勢の観衆の前で話す場面が多いから、言葉の力を持つことも大事になりそうですね。

小田:そうなんです。しかも海外の大会だと、真面目に話すだけではダメで、ジョークを挟まないとまともに聞いてくれないんです。なので試合前には、何を話そうかと毎回考えています。

アンミカ:全部自分で考えてらっしゃるんですね。

小田:はい。でも、インタビューは試合の直後なので、毎回アドレナリンが出ていて全部飛んじゃうんですよね(笑い)。

アンミカ:身も心も使い果たした試合後に、さらに瞬発力を求められるのは大変!

小田:負けても勝っても試合直後にコート上でスピーチをするのはテニス特有ですが、プロの使命だと思って、なんとか頑張っています。

アンミカ:凱人さんは15才でプロへの転向宣言をされました。相当な覚悟があったかと思います。同年代のプロはほかにいなかったんじゃないですか?

小田:当時、車いすテニスのプロ選手自体が国内にまだ2人しかいませんでした。ぼくは小さい頃から、プロサッカー選手を夢見てたし、一般のテニス選手のプロとしての活躍に憧れていたので、自分が車いすだという理由で夢に妥協はしたくないと思ったんです。

アンミカ:不勉強で申し訳ないですが、車いすテニスにはプロテストがあるの?

小田:それが、ないんです。なので、スポンサー契約を結ぶことがプロとしての一つの形だと考えました。あとは、宣言をするだけです(笑い)。15才のときにスポンサーのお話を初めていただいたので、そのタイミングでプロとして活動する決断をしました。

アンミカ:ご両親の反応は?

小田:両親はぼくよりノリノリで、「ゴーでしょ!」と、明るく背中を押してくれましたね。

アンミカ:いつだって凱人さんの決断を信頼なさってるのがよくわかります。圧倒的な強さを身につけるために、プロになってからどんな変化があったんでしょうか。

小田:試行錯誤もしましたが、練習環境が個性を伸ばしたところもあって。岐阜県のテニスクラブに所属していたんですが、高校1年生のときに新しいコーチがマンツーマンで付くことになったんです。一般のテニスの全国大会で優勝したジュニア選手を育てたすごい人でした。

アンミカ:それは成長の大きな弾みになる出会いですね。

小田:そしたら、そのコーチが開口一番、「おれは車いすテニスはわかんないから、普通のテニスをやらせる」って(笑い)。

アンミカ:えぇ!普通のテニスと違って、車いすテニスは2バウンドまで認められていますよね。だけど、1バウンドのスピード感で練習したってことですか?

小田:はい。一般のテニスの練習に混ざって指導を受けていました。練習も、車いす選手用のゆっくりとした山なりの球出しではなく、速い球出しでくるんです。

アンミカ:なかなかのスパルタ指導ですね。

小田:最初は年下の選手にも打ち負けていたんですけど、食らいついていったら、一般の選手とも打ち合えるくらいになって。気づいたら、ほかの車いすテニスの選手と違うプレースタイルが身についていました。

アンミカ:凱人さんは超攻撃型で、1バウンドでパーンと返すイメージがありますが、まさかそんな努力の歴史があったなんて。

小田:練習もその日の思いつきでメニューを考えたり、そこから少しずつ進化させたり。自由に動けない分、思考力でほかの選手との差が生まれるのも車いすテニスの魅力です。

アンミカ:凱人さんの言葉からは、車いすテニス愛がすごく感じられます。

小田:いつも頭の中にあります。街でテニスコートを見かけるとドキッとしますもん。“誰か知り合いがやっていないかな? ラケットは何を使っているんだろう?”とチェックしちゃう(笑い)。

アンミカさん
アンミカさん(撮影/葛川栄蔵)
写真3枚

レジェンド・国枝慎吾という存在の大きさ

アンミカ:そんな凱人さんを車いすテニスへ導いた憧れの人、国枝慎吾さんとは2022年に初対戦されましたね。その前にも練習で一緒になったりしていたんですか?

小田:ほかの日本人選手とは、試合より先に練習で同じコートに立つことが多かったんですが、国枝さんとだけは避けていたんです。

アンミカ:え、どうして?

小田:相対したらおしまいというか、勝ち進んで試合の場で出会いたいという思いが強かったですね。だから、“遂にきた!”ってドキドキしていました。結果はあと一歩というところで負けました。次の対戦は、2022年の全仏オープンで、こっちはボロ負け。改めて高い壁だと思い知らされました。

アンミカ:前編で「これまでの負けと悔しさが節目になっている」と話していたけれど、国枝さんに負けたことは、いまの凱人さんにどんな影響をもたらしたのか気になります。

小田:ぼくは国枝さんと4回戦って4回とも負けているんですが、その一つひとつに意味がありますね。なにより永遠に追いかけ続ける背中があったからこそ、ここまで上ってこられたと思っています。

アンミカ:国枝さんは’23年に世界ランキング1位のまま引退されて、いまでは凱人さんの試合を解説してくれています。対戦するより緊張しそう。

小田:ぼくのプレーを見てくれるのが純粋にうれしいですね。国枝さんはぼくのパワーはパラ選手にはないものだと言ってくれていて、自分が憧れる人の言葉だと思うと気が引き締まります。あと、以前、一緒に練習していた選手に国枝さんみたいなサーブを打ちたいと相談をしたら、「え、国枝さんは凱人のフォームを研究して真似してたよ」って言われて、「マジすかっ!?」って。

アンミカ:まさか! すごい! 

小田:最高でした。ぼくの人生の「うれしいことランキング」でトップの出来事でした!

アンミカ:まだ20才とは思えないほどしっかりしているのに、国枝さんの話になった途端、少年の目になっちゃうのね。

小:恥ずかしいです(笑い)。

プロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人さん
プロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人さん(撮影/葛川栄蔵)
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あふれ出す夢と、世界トップの使命

アンミカ:そういえば、凱人さんは、尾崎豊さんの『僕が僕であるために』を朝に聴いてから会場入りするのがルーティンと聞きました。尾崎ファン?私はドンピシャの世代なんです。

小田:好きです。バラード系の『Forget-me-not』や『街の風景』をカラオケで歌います。

アンミカ:渋いチョイス! ほかのアーティストも歌いますか?

小田:あとは沢田研二さんも好きで歌います。

アンミカ:私も歌います!一緒にカラオケに行きたい!声の感じからして、お上手そうです。

小田:まったくうまくないので、『心で歌うタイプです』とごまかしています(笑い)。

アンミカ:最高! 一方で、ヒップホップの曲を聴いていたり、SNSではラッパーのかたがたとの交流も多く投稿していますよね。

小田:ヒップホップも好きですね。八村塁選手の話と通じますが、尾崎豊さんもラッパーのかたがたも、リリック(歌詞)や語る言葉に、自分の生き方への嘘がないから好きなんです。

アンミカ:凱人さんの言葉にも嘘がない。凱人さんこそ、史上最年少の17才という若さで世界ランキング1位になって、メディアからも注目されて、世界中から生き方を見られる立場になっています。それについては居心地悪い? それともうれしいですか?

小田:大事にしたいって思いますね。テレビで見たことのある人やスポーツ選手に会うのなんて、人生に何回かしかないと思うんです。たとえばぼくと会ってぼくに気づいた人がいたとして、そのときの印象が一生残っちゃうから、自分が思う以上に一期一会は大事にしたいなって思っています。

アンミカ:影響力を持つことは責任も伴うけれど、夢も喜びも与えられる。それに気づけて大事にしている20才がいるなんて、すごく日本の未来が明るく思えてきた!

小田:あはは! ありがとうございます。 

アンミカ:去年は史上最年少の19才3か月で生涯ゴールデンスラム(主要四大大会+パラリンピック制覇)を達成と、ますます輝かれて。この先、どんな景色を見たいですか。

小田:車いすテニス以外に興味の幅を広げていくのは違うと思っています。あくまで車いすテニスのアスリートとして、これまで誰も成し得ていないことを残すために、力を尽くすべきだと思っていて。パラリンピックで金メダルを取って以降は、そういう視点で自分を見るようになったんです。

アンミカ:素敵な志ですね。職業はただお金をもらうためだけのものではなく、一生懸命に励んで誰かの喜ぶ顔を見られることがいい命の使い方、“使命”なんだなって。その使命に気づかれたんですね。具体的な構想もあるんですか。

小田:マイテニスコートをつくって、テニスクラブを経営してみたいです。

アンミカ:それは叶えてほしい!

小田:車いすテニスをもっと親近感のある競技にしたいんですよね。いまは別世界の競技をしている人として評価されている印象を受けるんですが、サッカーや野球と同じ目線で見てもらえるように、足が悪くない人でも車いすテニスをプレーできる文化をつくりたいと考えています。

アンミカ:凱人さんが初めてスポーツ用の車いすに乗って感動したように、体験することで競技の魅力をダイレクトに知れますからね。

小田:ボクササイズみたいに、気軽な気持ちで参加する人が増えていくのが理想です。

アンミカ:私もやってみたい!

小田:ぜひ今度一緒にやりましょう!

アンミカ:有言実行で世界を制した凱人さんがこれから叶えていく未来、ずっと応援しています!

小田凱人さんのHLLSPD

小田凱人さんに、Happy、Lucky、Love、Smile、Peace、Dreamについて答えてもらいました。今回はSmile、Peace、Dreamについて直撃!

Smile:あなたを笑顔にする宝物は?

自分が成し遂げてきた功績や結果

Peace:心が穏やかになる趣味や場所は?

ドライブに行ったり音楽やPodcastを聴くこと

Dream:これからの目標は?

マイテニスコートをつくって、テニスクラブを経営すること

◆モデル・俳優・アンミカ

アン ミカ/1972年生まれ。1993年パリコレ初参加。モデル業以外にもテレビ・ラジオMC、俳優、歌手、テレビCM出演と多彩に活躍。「日本化粧品検定1級」など20個以上の資格を生かし、化粧品、洋服、ジュエリーなどをプロデュース。

◆プロ車いすテニスプレーヤー・小田凱人

おだ ときと/2006年生まれ。9才で骨肉腫を患い股関節の手術を経験。国枝慎吾に憧れて車いすテニスを始め、10代でグランドスラム(四大大会)とパラリンピックを制し、史上最年少で生涯ゴールデンスラムを達成。現在、四大大会を6大会連続で制覇中。

撮影/葛川栄蔵 構成/渡部美也 衣装/スカーフ/ロンシャン シャツ、スカート/ともにアドアー ピアス、ネックレス/ともにアビステ(アンミカさん)

※女性セブン2026年8月20・27日号

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