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「悠仁と呼んで」「タメ口でいいよ」悠仁さま、ボーイスカウト大会で同世代と爽やかな交流 豚汁作りでは取材陣のカメラの位置を気にされる場面も

宮中晩餐会で、悠仁さまに声をかけられる愛子さま(2026年5月、東京・千代田区。写真/共同通信社 )
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 8月20日から1泊2日で、大阪・滋賀両府県をご訪問され、爽やかな姿を見せた愛子さま。一方、いとこの秋篠宮家の悠仁さまは、新たな一歩を踏み出されていた。皇室としての役割を果たそうとするお二人はこれから、どのような歩みをたどられるのか──。第2回では、悠仁さまについて詳報する。【全3回の第2回】

6000人が見守る中で

「大学が夏休み期間中の悠仁さまは、8月7日から広島県を単独でご訪問。『広島原爆の日』の翌日である7日には、原爆死没者慰霊碑に足を運び、白菊を手向けられました。

 小学生時代、悠仁さまは紀子さまと共に広島を私的訪問されていますが、公的な被爆者慰霊は今回が初めてです。ご供花の後は、爆心地近くで被爆した小学校を視察し、引き締まった表情で、当時を再現したジオラマを見つめていらっしゃいました」(皇室記者)

 平和への祈りを捧げられた悠仁さまはその後、広島市街地から車で2時間ほどのキャンプ場へ。日中の厳かな空気から一転、ボーイスカウト日本連盟が主催するキャンプ大会『日本スカウトジャンボリー』に参加された。ボーイスカウトと皇室の縁は昭和天皇の皇太子時代から続いており、近年は秋篠宮家の方々が関連行事に出席されてきた経緯がある。

「中でもこの大会は国内外から若者たちが集う、4年に1度の一大イベントで、皇太子時代の陛下も参加されています。約6000人もの参加者が集結した夜の集会で、悠仁さまはスピーチに臨み、ご公務での“お言葉デビュー”も果たされました。緊張されていたようですが、冒頭では7月末の熊本地震の犠牲者に哀悼の意を表明。声にも張りがあり、立派にやり遂げられました」(皇室ジャーナリスト)

履いていたのは広島の地元ブランドのスニーカー

 同世代との交流を通して、10代の悠仁さまの“素顔”が垣間見える場面も。

「悠仁さまは同世代の参加者と協力してテントを張り、そのまま宿泊されました。最初はお互いにどこかぎこちない雰囲気で、敬語を使われていましたが、悠仁さまの方から『悠仁と呼んで』『タメ口でいいよ!』と提案されたようです。翌朝にはすっかり打ち解けていらっしゃいました」(前出・皇室記者)

 悠仁さまは朝食用の豚汁作りにも挑戦。その際、紀子さまと佳子さまの“教え”を発揮されていたという。

「悠仁さまは調理の際に作業している様子がきちんと映っているか、カメラの位置を気にされる素振りを見せられていました。ご公務での様子を人々に正しく届けること、これは皇室と国民との距離を縮める上でも非常に重要です。そうした背景から、紀子さまは普段のご公務でも、取材位置の確認などを徹底されているといいます。

 また、悠仁さまが履いておられたのは、広島の地元ブランドのスニーカー。これは、佳子さまが地方にお出ましの際、その地に縁のある伝統工芸品のアクセサリーをつけられるのと共通しています。地元の特産品や伝統工芸にスポットライトがあたるよう、配慮されているのです」(皇室ジャーナリスト)

豚汁作りにチャレンジされた悠仁さま(2026年8月、広島県神石郡。撮影/JMPA) 
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 現在、筑波大学の2年生として学問にも励まれている悠仁さま。大学がお休みの際は、積極的にご公務に臨まれている。

「愛子さまは、大学時代のほとんどがコロナ禍と重なっていたこともありますが、ご公務はほとんどされていませんでした。一方の悠仁さまは、愛子さまが社会人になられてから出席されるようになった『歌会始の儀』や『講書始の儀』にも、今年1月から参加されています。愛子さまがお言葉デビューを果たされたのも、昨年5月のことです」(別の皇室ジャーナリスト)

 背景には、悠仁さまの強いご覚悟があるようだ。

「将来の天皇である悠仁さまは、今後、数々の皇室の行事を主催するお立場。ご自身もそれを自覚されており、秋篠宮ご夫妻も、早いうちにご経験を積まれた方がいいとお考えのようです」(前出・皇室ジャーナリスト)

(第3回につづく)

※女性セブン2026年9月10日号