日々の食事や生活習慣のちょっとした違いで、寿命や健康状態は大きく変わってくる。
人生100年時代を健やかに生き抜くために、何を見直せば良いのだろうか。重要なのは深刻な病気を患う前の「予防」である。脳卒中や心筋梗塞のリスクが高まった“メタボ”の状態から無理なく健康体を取り戻せる方法が注目を集めている。その減量法を生み出したのは日本を代表する電機メーカーである日立だった。
どんなダイエット法?効果は?
社員数30万人(連結ベース)を誇る巨大企業「日立製作所」の社内で、組織的に実践されている減量プログラムがある。
その名は「はらすまダイエット」──“腹をスマートに”を略して命名された手法で、社員のメタボリックシンドロームを解消するために開発された。
考案したのは日立健康管理センターの産業医・中川徹氏だ。
同社のホームページでは「はらすまダイエット」の考え方を中川氏が解説する動画も公開されている。
スマートという言葉の意味は、単に「細くなる」という語義にとどまらない。「SMART」という綴りの一文字一文字に意味が込められているという。
「分解すると、〈Specific=できるだけ具体的な〉、〈Measurable=数値にして〉、〈Action-oriented=行動に向かうように〉、〈Realistic=現実的な目標を立て〉〈Time-bound=時間を区切りましょう〉の頭文字からとっています」(動画上での中川氏の説明から要約、以下同)
はらすまダイエットが注目される理由
この減量法が注目されている背景には、ここ10年あまり、“メタボ撲滅”に日本社会全体が苦しんできたという事情がある。
メタボリックシンドロームは、内臓脂肪症候群とも呼ばれ、心臓病や脳卒中のリスクが高まっている状態を指す。男性なら腹囲が85㎝以上で、高血圧、高血糖、脂質代謝異常の3つの基準値のうち2つ以上にあてはまると、「該当者」と判定される。予備群(基準値に1つ該当する人)と併せると、その数は1412万人に上ると推計されている(2015年時点、厚生科学審議会の専門委員会提出資料)。
全国紙経済部記者がいう。
「生活習慣病を予防して国民医療費を抑えたい政府は、2008年に40~74歳を対象にしたメタボ健診(特定健診)を始めました。それから10年間、該当者には管理栄養士や保健師によるサポートがつく『特定保健指導』が施されてきましたが、結局、メタボ該当者の数は横ばい。2008年時点の推計人数が1400万人だったので、7年後の15年時点でその数はむしろ増えているくらいです」
日本の中高年男性の多くが脱メタボに苦戦する中、着実に成果をあげてきたのが、日立の「はらすま」の減量法なのだ。
「はらすま」の意味は「腹をスマートに」だけじゃない!?
ちなみに「はらすま」には「腹をスマートに」とは別に、日立の掲げるキャッチコピー「HALSM」(※Hitachi Associates Life Style Modification & Actionの略で「日立の仲間で考えた生活習慣を見直して、実行する」という意味)という語源がある。そのあたりにも大企業としての使命感が窺える。
連結売上高は10兆円に迫り、鉄道から発電所、鉱山用の油圧ショベルまでを製造する日本最大のコングロマリット(複合企業)である日立の「柱」となる事業の一つが、ヘルスケア事業だ。超音波診断装置の製造から、MRIやCTをはじめとする医療用画像診断システム、電子カルテシステムまでを手掛け、従業員の健康管理をサポートするインターネット上のサービスも提供する。
その日立が、自社のなかでいわば“大規模実証研究”を行ない、成果が証明されつつある減量法なのだ。
その考え方は、いたってシンプル。
目標を〈90日間(3か月)で体重の5%を減らすこと〉に置き、その実現のために〈1日50gの減量を目指す〉というところからスタートするものだ。
「はらすまダイエット」のやり方
5%という“低すぎるハードル”に拍子抜けする人もいるだろう。
体重80kgの人なら、4kgの減量で済むのだ。一般的に“減量によって健康体を目指す”という場合、身長から計算される「標準体重」を目標にする。肥満の人の場合“マイナス20kg”などというはるか遠い目標になってしまうことも少なくない。
急激な減量ではなく確実に減らしていく
そうした急激な減量は、リバウンドを招くリスクが大きい。それに対して90日間で4kgの減量なら、たしかに1日50g弱ずつ減らしていけば目標を達成できることになる。
50g減量など誤差のようだが、考案者の中川氏は確実に減らしていくことの重要性を強調する。
「50gに相当する脂肪は350kcal。1日にこのカロリー分だけ、食べないか、運動して燃焼させればいい」(前述の解説動画)
この考え方に基づいて減量を実践する日立社員たちは、100g 単位で表示されるデジタル体重計を用意する。
そして朝と晩の1日2回、体重を測っては紙に記録するのだという。
2006年4月から「はらすま」を導入した日立では、メタボリックシンドロームに該当した325人の社員のうち、実に72%がメタボの「解消」を実現したと発表している(2013年3月末時点)。取り組んだ社員は平均で4.4kgの体重減を実現させたという。
NHK『ガッテン!』での反響は?
こうした“成功体験”はメディアで取り上げられるようになり、最近もNHK『ガッテン!』(8月29日放送)でも紹介された。
NHKということもあって、番組内では「茨城県日立市に本拠地を置く大手メーカー」としか紹介されなかったが、それが日立であることはたちどころに視聴者の知るところとなった。「健康事業を展開する巨大企業が実践する健康法なのだから、たしかな効果が期待できそうだと思った」(番組を見た50代男性)といった反響を呼んでいる。
当初は日立の社員向けのものだったが、2013年には「はらすまダイエット」の社外向けサービスとしての販売を開始している。企業の健康保険組合などにシステムを提供し、利用する被保険者のもとには達成具合に応じて定期的に指導メールが送られるというものだ(サービスは2018年4月から日立のグループ会社・ニッセイコムに事業移管)。
個人向け食事宅配サービスもスタート
さらに2014年には、病院向け給食の大手企業「日清医療食品」と提携し、個人向け食事宅配サービス(「食宅便」)とのセット販売も始まっている。
「毎週あるいは隔週の弁当宅配サービスにお申し込みいただくと、インターネットを通じて〈はらすま〉のクラウドサービスにも登録できます。アプリを使って運動と食事を記録できるので、リバウンドを避けつつ減量に取り組むのに適したサービスになっています」(日清医療食品広報課)
「はらすま」はビジネスとして拡がりを見せているのだ。
「減らすべき量」がわかる「100kcalカード」活用法
「こんなにもらくして減量できるかと思ったくらいです。(71kgあった体重から)7kgも痩せました」(43歳、男性)
「おかげで薬を飲まずに糖尿病を改善できました」(42歳、男性)
「はらすま」のウェブサイトにはこうした日立社員の体験談が紹介されている。
低糖質ダイエットなど多くの減量プログラムでは、「炭水化物を断つ」など、その辛さを前に、少なからぬ人が途中で挫折を味わっている。その点、「はらすま」が工夫を凝らすのは、1日50gの“減らし方”だ。
「1日350kcalを歩いて費やそうとすると、毎日1時間ほど歩かなくてはならず、難しい。ならばこれを“100kcalを3つ”という形に小分けしてみてはいかがですか、という提案なのです」(前出・中川氏の解説動画より)
「100kcalカード」、どう使うのか?
減量に苦戦する者の心理を巧みに突いている。カギを握るのはある「カード」だ。
「はらすまダイエット」では利用者が〈100kcalカード〉を3枚選ぶ。そのカードには食事のメニューや軽い運動のイラストが描かれている。例えば、お茶椀1杯のご飯でいえば、その3分の2の分量が100kcalにあたることが一目でわかるように図示されているのだ。
カードをめくっていくと、
〈ラーメン→4分の1杯〉
〈カレーライス→7分の1杯〉
〈サンマの塩焼き→2分の1匹〉
というように、運動のメニューと合わせ、〈100kcal〉に相当する内容が計200枚も用意されている。
通常食べる量から“減らすべき量”をわかりやすく示している。ここから3枚の実現できそうな組み合わせを選ぶことで着実に〈1日50g減〉へつなげる仕組みなのだ。
食べ物15種の「100kcal」がわかる表
この「100kcalカード」を使った方法のメリットについて、管理栄養士の浅尾貴子・女子栄養大学専任講師が解説する。
「“これならできる”という手応えが得やすい工夫されたプログラムであり、具体的に何をしたらよいのかイメージも掴みやすい。とりわけ男性は明確な数値目標が設定されるやり方で成果が出やすい傾向があるため、男性向きの減量法といえます」
ベルトの穴が1つ短くなった
「ちょっと体重を減らすだけでいい」という「はらすま」のコンセプトは、最新の研究成果によって理にかなったやり方だと証明されている。
日本肥満学会が2016年に改定した「肥満症診療ガイドライン」では「体重減少目標はまず3%減」という記述が挿入された。
2.7kg減の目標ならハードルが下がる
日本肥満症予防協会の宮崎滋・副理事長がいう。
「特定保健指導を受けた約3500人を調べた2012年の厚生労働省の助成研究で、体重の1%から3%の減量ができると、血圧、脂質、血糖値などの数値が目に見えて改善することがわかってきました。
90kgの人が標準体重を基準に30kgもの減量に挑むのは大変ですが、2.7kg減の目標ならばハードルは大きく下がります。
体重が1kg減るとウェストも1cm短くなる。3%の減量で3kg前後体重を落とすことができれば、ベルトの穴が1つ短くなります。そうした具体的な成果を励みにさらに生活改善を重ねていけば、心臓病や脳梗塞のリスクを大幅に引き下げられるのです」
メタボ対策には「辛い我慢」が必要と思われてきたが、その“常識”が大きく変わりつつある。
毎日の3度の食事から“これだけ減らせばいい”を「見える化」し、それに沿って1日50g減の目標を実現するだけ。そんな“無理しない減量法”は、健康長寿のための新常識として定着していくのだろうか。
※週刊ポスト2018年9月21・28日号
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