
事件や事故、突然死、孤独死など“予期せぬ死”の原因を究明する法医解剖の現場では、いま高齢者の解剖件数が増えているという。65才以上に潜む“まさか”の死因。50才から気をつけたい対策を、法医学の第一人者に聞いた。
若い頃にはありえないことで命を落とすことがある
「超高齢社会になり、独居のかたも増える中、高齢者のご遺体を解剖する機会が増えています。今後も増え続けると思います」
そう語るのは法医学者の高木徹也さん。これまで5000件以上の遺体を解剖する一方、高齢者に特徴的な「異状死」や浴槽内死亡事例等を研究している。
「医療技術の発達で、日本人は長生きになりました。本人も家族も『長生きなのは元気だから』と思い込んでいますが、細胞の老化は確実に進み、臓器や血管、神経は衰えます。そのため、若い頃にはありえないことで命を落とすことがあるのです」(高木さん・以下同)
法医学の現場では、どのような遺体が解剖されるのだろうか。
「事故や突然死で亡くなった『異状死』と呼ばれるご遺体です。まず警察の依頼を受けた『検案医』が遺体の外表を観察し、死因を特定(外表検査)しますが、検案医が死因を特定できない場合や事件性が疑われる場合にご遺体の解剖を依頼されます。
異状死は全死亡者の10〜15%。その中で解剖が必要となるのは約10%です」
高木さんの現在の勤務地である宮城県の年間異状死件数は約4000件。そのうちおおよそ400件が解剖を要する計算だ。
今回紹介する30の例は、高木さんが実際に解剖した、あるいは耳にした“意外な死因”のほんの一例だ。
「その中には事前に原因を知っていれば防げた事態がたくさんあります」と言う。

たとえば、頭をぶつけたり、つまずいたりと、うっかりやりがちな行動で亡くなる事例。どうやって防いだらいいのだろうか。
「高齢になると血管が硬くなり、筋肉や臓器の機能も落ちるため、弱い外力を受けただけでダメージがある。当初は症状がなく、数日かけてじわじわと脳や臓器から出血し、死に至ることが多いのです。もし頭をぶつけたら注意深く体調を観察し、気になる場合は脳神経外科医などの専門医を受診してください。
また、骨密度が低下するため、転倒して容易に骨折し、寝たきりになるリスクも高まります。つま先を上げ、足の筋肉の動きを意識して歩きましょう」
入浴中に意識を失い溺死する事例も昨今よく聞くが、これには高齢者特有の体の変化が関連している。
「65才を境に自律神経の反射が遅れるのです。私たちは、自律神経(交感神経と副交感神経)の働きを切り替えることで、活動的になったり、リラックスしたりするのですが、年を取るとその切り替えが鈍くなる」
入浴中にウトウトするのは眠気ではなく、脳への血流が低下し、“気絶状態”になっているから。若いうちは交感神経がすぐ働いて目覚めるのに、65才を過ぎると切り替えが遅くなり、溺れてしまうのだ。
「臨床現場においても、65才以上の患者さんの中には手術中に出血してもしばらくは血圧が下がらず、突然ガクンと下がって慌てて輸血することがある。これも反射の遅延によるもので、決して珍しいケースではありません」
車道への飛び出し、運転中の操作ミスなども反射神経の衰えが大きい。「とっさの判断には時間がかかる」と肝に銘じておこう。
解剖結果が語る突然死の事件簿
解剖結果からはいろいろな真実が浮かび上がる。たとえば、浴槽内の溺死が実は殺人だったことも…。

「死亡者は50代女性。解剖されず『入浴中の溺死』と判断されたのですが、後に故人の甥が『叔母を殺した』と白状したため、警察から私に鑑定の依頼が来ました。遺体はすでに荼毘に付されていたので、写真鑑定をしました。
立件の手がかりを求めてご遺体の写真を見ると、口から泡が出ていたのです。
人は、溺れると呼吸が激しくなり、気道内で空気と水が攪拌されて泡が作られ、鼻や口から出ることがあります。しかし、浴槽で溺れた時点で意識がないので泡が出るはずがない。この泡が故意に沈められて抵抗した証拠となりました」
そして、法医学者として昨今気になる高齢者の死因が2つあるという。
「1つは、外表検査でもわかりづらく、80代以上に多い『肺性心』です。肺性心とは、高度経済成長期の大気汚染や喫煙習慣、鉄工所や炭鉱などの労働環境で肺が蝕まれ、長年の蓄積で二次的に心臓に負担がかかり、心不全になる状態です。
大病経験のない高齢者が突然死した場合は、肺性心を疑う必要があります。予防策としては定期健診時に呼吸機能の検査を加え、自分の肺の状態を知っておくことです」
もう1つは、認知症による徘徊での事故死だ。
「体が元気で健脚な人ほど危険。どんどん歩いて用水路に落ちたり、交通事故に遭ったりする。家に閉じ込めるわけにもいかないので、本当に心配です」
ニュースをにぎわすのが、高齢者の運転による交通事故。ブレーキとアクセルの踏み間違いだけでなく、突然の体調不良が悲劇のもとになることも。
「ぜんそくの持病のある高齢女性が運転中、ガードレールに激突して亡くなった際の解剖の結果は、死因として想定していたぜんそくの発作ではなく、のどにできた腫瘍が肥大化して気管をふさぎ、呼吸困難に陥ったことでした。この腫瘍がぜんそくの症状を引き起こしていましたが、病院の検査では気づかれなかった。初めての事例で、驚いたことを覚えています」
死因の特定は保険金にもかかわる
寝たきりに近い高齢男性が自宅で亡くなった事例では、意外な死因が判明した。
「解剖では心臓も悪く、脳梗塞もあったので、病死の可能性が高いだろうと思っていたら、胸や腹部からゴムが焼けるようなにおいが漂ってきました。不思議に思って薬物検査を行うと、なんと致死濃度の農薬が。男性は以前農業を営んでいましたが、家から農薬は発見されず、現場に不審な点はなかった。後に家から発見された空のペットボトルを改めて調べると、そこに農薬を移し替えて飲んだことがわかりました。
私の下した診断は、自殺目的の農薬中毒死。死亡保険に入っており、家族のために病死に見せかけたのかと推察しますが、本当の理由はわかりません」
死因の正確な判断は、保険金の支払いにも影響するため、「異状死は解剖するのが理想」と高木さんは語るが、前述の通り、異状死の解剖率は約10%と諸外国に比べて低いのが現状だ。
解剖の意義は死因究明だけでなく、結果を予防医学に生かすという側面もある。
「しかし、日本の死因統計は、死に至る『直接死因』を重視しているように思います。予防医学のためには、それを引き起こした『原死因』に目を向けるべきだと私は考えます。たとえば心筋梗塞が原死因で交通事故を起こし、脳挫傷で死亡した場合、直接死因は脳挫傷でも、病気先行で起きた事故であれば動脈硬化の予防が重要となります。
近年死因として増加している『誤嚥性肺炎』も、背景に微細な脳梗塞が潜んでいることが多いため、誤嚥性肺炎ばかりでなく、脳梗塞の予防も考えるべきです」
「自分はよくわからない原因で死んでしまった!」という最期を迎えないためには、感覚でなく「本当の体調」を把握する必要がある。
「高齢のかたほど定期的に健診を受け、自分の体内が若い頃よりどのくらい変化しているのかを客観的に把握することも重要です」
「もう年だから」こその健康管理が、突然死を防ぐ第一歩になるのだ。
高齢者を襲うまさかの死因例30
実際に多くの高齢者はどんなことで命を落としているのか見ていこう。
【CASE1】押し入れに頭をぶつけて…
頭をぶつけた衝撃で、脳と、脳を包む「硬膜」との間にある「架橋静脈」が切れて出血し、死に至るケース。高齢になると、脳は萎縮するが硬膜は変化しないため、少しの衝撃でも切れやすくなるのだという。怖いのは、自覚症状がないこと。数日後に突然亡くなることが多いそうだ。

【CASE2】用水路で…
雨が降り続くと農道にも水がたまり、田んぼと用水路の境が区別できなくなり、転落する。農道すれすれに軽トラックを止め、ドアを開けて降りたとたん、落とし穴のように用水路に転落したケースも。

【CASE3】睡眠中に…
睡眠中に突然死した80代の男性。持病もないため解剖すると、左ひじと左脇腹に擦過傷があり、左脇腹の位置にある脾臓が破裂していた。故人は通学路にある交差点で小学生を見守るボランティア活動をしていたが、亡くなる前日の活動中に自転車と衝突したことで脾臓にひずみが及び、後に破裂したものと推測。高齢者は痛みに鈍く、軽傷と思い込んで手遅れになった。
【CASE4】入浴中に…
急激な温度変化で血圧が上下し、脳への血流が低下する「ヒートショック」が起こって意識を失い溺れる。冬場に多いが、夏でも発生している。65才以上の死亡者の大半が、風呂の湯の設定温度が高かったという調査結果も。高齢になると熱さへの感覚が鈍るため、高温で血管が一気に拡張してしまうことも問題。
【CASE5】壁のすき間で…
物置と、その裏にある壁とのすき間に挟まり、胸腹部圧迫による窒息死と診断された高齢女性。何度か徘徊で保護されたことがあり、今回も行方不明の届出が出されていた。
【CASE6】くしゃみで…
予期せぬくしゃみで首に負担がかかり、失神し、転倒・転落・交通事故などで命を落とすことがある。また、ろっ骨も骨折しやすく、そこから呼吸不全や肺炎を引き起こす可能性もある。
【CASE7】葬儀場で…
棺に眠る故人の顔を眺めながら別れを惜しむ間に、遺体の腐敗防止用に設置されたドライアイスが昇華(気体に変わる)し、二酸化炭素中毒で亡くなるケースも。ドライアイスは二酸化炭素を冷却したもので、昇華すると多量の二酸化炭素ガスを発生させる。二酸化炭素濃度が3%程度で呼吸困難を生じ、20%以上だと短時間で死亡する危険性がある。ちなみに、棺の蓋を閉めると内部の二酸化炭素濃度は20分後には30%以上に上昇するそうだ。

【CASE8】歯周病で…
歯周病で歯が抜けると、転倒や認知症の発症リスクが高まり、それに伴う死亡事故が起きやすくなる。ちなみに、誤嚥性肺炎を起こす細菌の多くは歯周病の原因菌でもある。

【CASE9】シュノーケリングで…
呼吸法を事前にうまく習得できず、溺れてしまう。スキューバダイビングより手軽なイメージだが、実際は、シュノーケリングの方が事故に遭う人が多いのだそうだ。

【CASE10】激怒して…
トラブルとなり、相手を怒鳴り散らし、心肺停止になった男性(75才)。あるいは飲食店へのクレーム中に急死した72才の女性。どちらも、死因は高血圧に起因する疾患だった。年とともに血管が硬くなって血圧が上昇し「動脈硬化症」となるが、無症状で進行するため体調には現れない。怒りを爆発させたときに血管が収縮して脈拍が速まり、心筋梗塞やくも膜下出血などを起こすことがある。

【CASE11】栄養ドリンクと間違えて農薬を飲み中毒死する
【CASE12】無理に車道を渡り、車やオートバイに衝突する
【CASE13】熱いお茶を日常的に飲み、食道がんや誤嚥性肺炎に
【CASE14】のみ忘れた薬をまとめてのみ、薬物中毒に
【CASE15】トイレでいきみ、脳の動脈瘤が破裂
【CASE16】こたつで寝てしまい、血管が詰まって心筋梗塞や脳梗塞に
【CASE17】登山で滑落、熱中症、低体温症、落雷などの被害に
【CASE18】ゴルフ中に運転操作を誤ってカートの下敷きに
【CASE19】庭仕事中のチェーンソー操作で手足の動脈を損傷
【CASE20】サウナでくも膜下出血や脳梗塞、心筋梗塞に
【CASE21】毒性のある野草「イヌサフラン」を誤食し、多臓器不全に
【CASE22】愛犬にかまれて、鳩のフンで…ペットの細菌で感染死
【CASE23】左肩の痛みで整形外科に行ったら、実は心筋梗塞だった
【CASE24】睡眠薬の副作用で「覚醒」や「せん妄」が続き、昏睡状態に
【CASE25】慣れない代車に乗り、ペダルの位置を間違えて壁に激突
【CASE26】風邪をこじらせて重篤な肺炎に進行
【CASE27】ゴミ屋敷の中、熱中症や低体温症で死に至る
【CASE28】災害の避難で…
2011年の東日本大震災は、関連死を含め2万人超が死亡。遺体の検案を行う中、多額の現金や預金通帳、有価証券を持った高齢者の遺体が多かったという。「準備に手まどい、逃げ遅れてしまった可能性が高い」(高木さん)。

【CASE29】仏壇の火で…
仏壇に置いたろうそくが倒れ、消火に奔走する間に熱気を帯びた煙を間近で吸ってのどの奥が焼け、窒息のような状態で死亡。まれに、ろうそくに火をつけた直後に心臓や脳の病気を発症して気を失い、ろうそくを倒して火災を招いたというケースもある。

【CASE30】パンを食べて…
パンをのどに詰まらせ、誤嚥(食べ物が、食道でなく気道に入り込むこと)により窒息死するケース。パンは繊維質のため、噛み砕かずに飲み込むと気道の中でスポンジのように膨らみ、気道をふさいでしまう。のどに詰まりやすい食品といえば餅が有名だが、噛む力が低下した高齢者にとっては、パンも同じくらい危険度が高い食べ物なのだ。

◆法医学者・高木徹也さん
東北医科薬科大学教授。高齢者に特徴的な死因などを研究。不審遺体の解剖数は5000件を超え、数々のドラマや映画の法医学・医療監修を行う。近著『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)が話題に。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2025年6月19日号