《熱中症よりも危険》気づいた時にはもう手遅れなこともある“低体温症” 筋肉量が落ちて基礎代謝が下がる高齢者はリスク大、糖尿病や不整脈などの持病がある人も注意

凍死と聞くと雪山など屋外で起こると思う人が大半だろう。しかし、実際はそのほとんどが室内で起きており、熱中症よりも死者が多い。「いやいや、家で凍え死ぬはずがない」と思っている人こそ、要注意。専門家が語る恐怖とは──。
低体温症とはどういう状態なのか?
今シーズンは全国的に厳しい寒さや大雪に見舞われ、外出の際はダウンにマフラーと寒さ対策をしっかりしている人は多い。だが、冬は室内にいても寒さで死ぬリスクがある。 栃木県在住の会社員・Aさん(45才)の義父は3年前の冬、リビングで亡くなっていた。
「72才だった義父は近所の戸建てにひとりで元気に暮らしていて、私や夫が時々様子を見に行っていました。ある日、いつも通りに自宅を訪ねるとリビングで倒れていて、意識がないので救急車を呼んだのですが助かりませんでした。医師の話では、お酒に酔ったまま寝てしまい、暖房をつけていなかったので『低体温症』になってしまったようです」

Aさんの義父を襲った低体温症とはどういう状態なのか。日本医科大学救急医学分野教授の横堀將司さんが解説する。
「寒さによって、体の中心部の体温である『深部体温』が35℃以下になった状態です。血行不良などにより、手足の先や体の表面が冷えやすくなる『冷え症』とは異なります。
私たちがふだん脇に挟んで測っているのは『表面体温』で、深部体温より1℃ほど低い。深部体温が低くなると手や足だけではなく、お腹のあたりも冷たくなります」
深部体温が下がってくると、体が体温を保とうとして、さまざまな症状が現れる。イシハラクリニック副院長の石原新菜さんが言う。
「最初は筋肉が熱を作ろうとして、体の震えが起こります。さらにひどくなると判断力が落ちて、思考がぼんやりするなど意識障害が起こります」
自宅で発症、命を落とすことも
そのまま何もしなければ、命を落とすこともある。
「低体温になると心臓のポンプ機能が落ちて、脈が遅くなります。深部体温が28℃を下回ってくると不整脈が起きて昏睡状態になり、最終的には心臓が止まってしまう。たとえ命が助かっても、脳に血液が届かない時間が長くなると意識障害など後遺症が残ることもあります」(横堀さん・以下同)
低体温による凍死というと雪山での遭難など特殊な環境で起きるイメージだが、室内での凍死は多いという。
一年中温暖だといわれる台湾ですら、北極発の寒波により、元日から1月11日までの11日間で492人が亡くなった。亜熱帯気候に属する台湾では多くの住宅に暖房設備が整っていないため、低体温症が原因とみられる。

「日本でも低体温症の約7割が自宅などの室内で発症しています。夏の熱中症は頭痛や発熱などの症状で気づくことがありますが、低体温症は悪化するまで自覚症状がほとんどないので、気づくのが遅れやすい。熱中症のように大きく取り上げられないものの毎年、熱中症と同じくらいの死者数が報告されています」
事実、人口動態統計で10年間に低体温症と熱中症で亡くなった人の数を比べると、熱中症より低体温症で亡くなる人は1000人ほど多い。低体温症は熱中症よりも死の危険があるのだ。
糖尿病や高血圧で服薬している人のリスク
石原さんは、高齢者ほど低体温に注意すべきと話す。
「高齢になると体温調節機能が低下して、寒さや暑さを感じる感覚が鈍くなります。高齢者は夏の暑さを感じにくく熱中症になりやすいのと同じで、冬は寒さを感じにくいので低体温になりやすい。また、高齢になると筋肉量が落ちて基礎代謝が下がり、若い頃より体温が低下します。特に女性は男性より筋肉量が少ないため、気をつけてほしい」
横堀さんが言い添える。
「高齢者の場合、何かしらの持病から発作が起きて、寒くても暖房をつけるなどの対策がとれずに低体温になるケースがある。特にひとり暮らしの高齢者は、体調悪化の発見が遅れるのでリスクが高くなります」

なかでも危険なのは、糖尿病の持病があるケースだ。過去に横堀さんが治療したことがある高齢者は、インスリンを誤って過剰投与したために低血糖の発作を起こして倒れ、二次的に低体温になったという。
「ひとり暮らしの男性で、家族が訪れると倒れていたそうです。呼びかけても反応がないので、救急車を呼んで病院に運ばれてきました。回復はしましたが、入院による集中治療が必要でした。
不整脈や心不全などの持病がある人も、突然発作が起きて低体温になるリスクが高い。高血圧の治療などで利尿薬をのんでいる人も過剰な服薬があった場合、脱水と低血圧で動けなくなることもある」(横堀さん)
冒頭のAさんの義父のように、アルコールによる酩酊状態から意識を失い、凍死することもあると石原さんは注意を促す。
「飲酒や睡眠薬の服用によって気絶するように眠ってしまうと、室温が下がっていることに気づかずそのまま低体温症になり、亡くなることがあります」
筋肉をつけて筋肉量を増やすことで対策
低体温症は「寒さで体から失われる熱量」が、「体で作られる熱量」や「暖房などで外部から得られる熱量」を上回ったときに起きる。そこで必要なのは「体で作られる熱量」を高めるために、筋肉をつけて基礎代謝を上げることだ。石原さんがアドバイスする。
「体温の約4割が筋肉から作られているため、筋肉を鍛えることで体温が上がりやすくなります。全身の筋肉量のうち約7割を下半身が占めるので、足腰を重点的に鍛えるといいでしょう。つま先立ちをしてから、かかとを床に下ろす『つま先立ち運動』をすればふくらはぎが鍛えられますし、1日30回のスクワットもおすすめ。隙間時間に、その場で足踏みするだけでも効果があります」
1日に20~30分ほど散歩するのもいい。

「数回に分けて歩いてもかまいません。50才を過ぎると体のあちこちが弱くなってくる。足腰を鍛えて動ける体を維持すれば高血圧や糖尿病の予防にもなり、全身の健康にもつながります」(石原さん・以下同)
寒さを感じないからといって、薄着で過ごすのはNGだ。室内でも暖かい服装を心がけよう。
「高齢者の場合、ご本人が“寒くない”と言うものの、手を触ってみると冷たく、体温が34℃台ということは珍しくありません。
ふだんから深部体温を上げるために、腹巻きを習慣づけてほしい。アウターに響くのが気になるなら、昼間は薄手、寝るときは厚手と使い分けるといい。靴下は室内でも履くようにしましょう」
食事についても、体を温めるものを心がける。
「朝食にみそ汁を飲むと、体温が上がりやすくなります。しょうがやねぎ、にんにくなどの薬味は体を温めるので、みそ汁はもちろん、メニューにちょい足しするといい。ひと息つきたいときは、しょうがをたっぷり入れた熱い紅茶がおすすめ。甘みが欲しいときは体を温める作用がある黒砂糖やはちみつを加えてください」
室温は20℃以上、湿度は50~60%を保つのがベスト
生活習慣や食事を見直してせっかく体を温めても、寒いところにいれば体は冷える。専門家たちが何より重要だと口を揃えるのが住宅環境だ。横堀さんが言う。
「低体温症を予防するには、日常的に暮らす環境を整えておくことが大事です。いざというときにエアコンが故障していて、低体温になることもある。寒波の到来など気象情報を事前にチェックして、防寒の準備をしっかり行いましょう」
日本の住宅は海外に比べて断熱性や気密性が低いので、効率的に室温を上げることが大切。
広島工業大学環境学部建築デザイン学科教授の宋城基さんは、まず部屋のドアまわりをチェックすべきだとアドバイスする。

「ドアと壁の間に隙間があると、室内の暖かい空気が逃げていきます。隙間を断熱シートなどで埋めてください。ドアノブが金属なら、熱を奪われないように布で覆うのもいいでしょう」
続いて対策すべきは窓。
「窓のガラス面や金属サッシは、壁と比べて外の冷気が伝わりやすい。ガラスには透明なエアキャップやビニールシートを貼ることを推奨します。サッシにはドアと同じく、断熱シートや隙間シートを貼るといい。日中は部屋を暖めるために、カーテンを開けて太陽の熱を取り入れ、夜はカーテンを閉めて断熱性を高めてください」(宋さん・以下同)
いっそのこと、リフォームするのも手だ。自治体によっては、住宅の断熱リフォームに補助金が出ることもある。効率よく部屋を暖めるためには、エアコンの使い方も工夫したい。

「暖かい空気は上に向かうので、エアコンの風向きを下にすると、効率的に部屋全体を暖めることができます。リビングや寝室だけを暖めていると、ヒートショックが起きやすくなるので、トイレや浴室も暖めることを忘れないでください」
室温は20℃以上、湿度は50~60%を保つのがベストだと石原さんは言う。
「寒いかどうかは自分の感覚で判断せずに、温湿度計を置いて“見える化”すること。2時間に1回はチェックするといいでしょう。寒さを感じたら、すぐに体を温めてください」

離れて暮らす高齢の家族がいれば、とにかく密に連絡を取ろう。
「夜から朝にかけて気温が下がるので、低体温症は明け方に増えます。ひとり暮らしの高齢者の家族がいる人は、毎朝連絡を取るようにすると異変に気づきやすい」(横堀さん・以下同)
持病がないと思っていても、突然体調が悪化することはある。「私に限っては大丈夫」と過信せず、定期的に健診を受けるなどして健康状態を確認しておこう。
「ふだんから健康管理ができていない人ほど、低体温症になりやすい。持病がある人はかかりつけ医と連携をとって、血糖値や血圧の管理などを行い、体調を整えておくことです。発作が起きたり、低体温を疑われる症状が出たときは、すぐに病院に行くか救急車を呼んでください」
まだまだ寒い日が続く季節、室内での凍死リスクを念頭にしっかり対策しよう。
※女性セブン2025年2月6日号