
ちょっとしたふらつきで転倒したとしても打ちどころが悪ければ寝たきりになり、死に直結することすらある。そのリスクをあなたがのんでいる薬が上げているとしたら──すぐに「おくすり手帳」とともに薬一覧を確認するべきだ。
「つい先日、階段で足を踏み外し、足首を捻挫してしまいました……」
そうため息をつくのは、都内在住の会社員・Aさん(仮名・51才)だ。
「4月から子供が大学に進学し、私も職場で異動があり、生活スタイルが大きく変わったからでしょうか。ゴールデンウイーク明けからなかなか寝つけなくなってしまって、かかりつけの病院に相談して睡眠薬を処方してもらいました。言われた通りに薬をのみ、朝、混雑する駅の階段を下りていたら、何だか体がふわふわする感じがして、ふらついてしまったんです」
薬剤師で銀座薬局代表の長澤育弘さんが指摘する。
「ふらつきや転倒リスクを高める薬はいくつも存在し、多くは日常的に使用する処方薬や市販薬です。種類や作用メカニズムはさまざまで、薬が相互に影響して副作用が現れることもあります。転倒して頭を打てば、命にかかわることもありますから注意が必要です」
Aさんがのんでいた睡眠薬は、ふらつきや転倒を引き起こす代表的な薬だ。長澤さんが解説する。
「中枢神経を落ち着かせる作用があるので、脳の働きが抑えられて、ぼーっとしやすい。中でもベンゾジアゼピン系のジアゼパムは、筋肉を弛緩させて反射神経を鈍らせるので、立ち上がった際にふらついたり、歩行が不安定になることがある。高齢者の転倒リスクが顕著に高まるとの指摘もあり、少量かつ短期間の服用にとどめるべきです」
睡眠専門医で雨晴クリニック院長の坪田聡さんも指摘する。
「睡眠薬は作用時間が短いものから長いものまでさまざまあり、効果が持続している間は眠気やふらつきのような症状が出ます。トリアゾラムやゾルピデム酒石酸塩など超短時間型の薬は、作用時間が約3時間。短時間型のブロチゾラムは作用時間が約7〜8時間です。睡眠時間によっては、夜にのんでも翌日まで効果が続いてしまうことがあるので気をつけてほしい」
日本人がいちばんのむ薬にも転倒リスク
生活習慣病にまつわる身近な薬にも、リスクは潜んでいる。東海大学名誉教授で医療統計学が専門の大櫛陽一さんが最も懸念する薬は降圧剤だ。日本の高血圧患者は推定約4300万人。60代で約3割、70代以上で約5割が降圧剤を服用しているといわれる。
「血圧が下がりすぎると、ふらついて転倒しやすい。血流が低下するので血栓ができやすく、脳梗塞の発症リスクも高くなります。実際、私が福島県郡山市で4万1000人を対象に行った調査では、薬で上の血圧を20mmHg以上程度下げた人は、薬をのまない人に比べて死亡リスクが10倍に増えました。
2023年の人口動態統計によると、転倒・転落・墜落による年間死亡者は1万1777人です。このうち相当数が、薬によるものだと考えられる。日本人がいちばんのむ薬だからこそ、注意すべきです」(大櫛さん)

大櫛さんによれば、降圧剤なら種類を問わず、転倒リスクは変わらないという。
「血圧を下げすぎることが原因なので、上の血圧を20mmHg以上下げればどの薬でも危険です。日本では140/90mmHg以上で高血圧と診断されるので、上の血圧が160mmHg以上で薬をのんでいる人は必然的に20mmHg以上を目標として下げることになり高リスクです」
同じ薬をのんでいても加齢により薬が効きやすくなる
忘れてはいけないのは、同じ薬をのんでいても、年齢を重ねるとより薬が効きやすくなることだ。
「年をとると体内の水分量が減るため、水溶性の薬は血中濃度が高くなります。また筋肉が落ちて体脂肪が増えるので、脂溶性の薬は脂肪に蓄積されやすくなる。老化で肝臓や腎臓の働きが衰え、薬を分解して排泄する能力も低下し、薬の作用も過剰に現れやすい」(長澤さん・以下同)
薬の種類が増えれば、ポリファーマシー(多剤併用)による相互作用の問題も生じやすい。
「5種類以上の薬を処方された高齢の外来患者は、転倒リスクが約4.5倍に上昇したというデータがあります。例えば、睡眠薬×降圧剤×利尿薬を組み合わせて服用すれば、それぞれの薬の副作用(鎮静・血圧低下・脱水)が重なり合い、ふらつきやすくなります」

「5種類ものんでいない」という人でも、薬の組み合わせには気をつけたい。
「睡眠薬×抗うつ薬×オピオイド鎮痛薬・抗精神病薬の組み合わせは、鎮静効果が強く出てしまう。単剤でのむよりも深い眠気や判断力の低下が生じ、立ち上がったときにふらつきやすい。抗ヒスタミン薬×三環系抗うつ薬×抗パーキンソン病薬など、抗コリン作用のある薬の組み合わせも混乱、めまいなどの副作用が強まり、転倒しやすくなります」
とはいえ、処方薬を勝手に中断するのはNGだ。
「何かしら必要な理由があるので、自己判断でやめるとかえって症状が悪化することもあります。不安があれば主治医に伝えて、薬の量や種類を変えるなど対応をお願いしてください」(坪田さん)
ふらつきや転倒は年を重ねれば命とり。身近な薬のリスクを押さえ、のみ方には気をつけよう。


※女性セブン2025年6月5・12日号