【見どころ3】コロナ禍の公開に作品が問いかけるメッセージ
本作は、1年近い延期の末に公開されたものの、その直後の緊急事態宣言の発令によって、上映がままならない地域があるのは先に説明した通りです。筆者はなんとか公開初日に鑑賞することができましたが、いまだそれが叶わない人も多いのではないかと思います。筆者は運良く観ることができたに過ぎず、実際、鑑賞日の前日になっても、果たして本当に観られるのか怪しかったものです。
映画だけに限らず、新型コロナの影響で多くの人の生活が一変し、今は誰もが不安や不満を少なからず抱えていることと思います。明日がどうなるか分からず、もし何か問題が起こったとき、気持ちのやり場も分からない。そんな環境下で観た本作は、どこか現在の自分の心境と共鳴し合うところがありました。
◆剣心の心情は現実の社会とも重なる?
主人公の剣心は、自分を憎む縁への向き合い方に苦しんでいます。なぜなら縁は、完全に彼自身が生み出してしまった“悪”だからです。ことの真相は“十字傷”の秘密とともに明らかになりますが、縁が剣心を憎んでいるのは事実で、剣心が巴を斬殺してしまったことも事実。過去と現在の自分は違うとはいえ、自らのしたことに変わりはありません。だからこそ剣心は、自身の気持ちのやり場に困るのです。
剣心の心情とは少し違うかもしれませんが、現実の社会に目を向けると、コロナ禍で変わってしまった現状にやりきれない気持ちを抱え、もはや爆発寸前、この気持ちをどこに向けていいのか分からなくなっている人も多いのではないでしょうか。
そしてこの鬱積した思いが、時に特定の個人に向かい、誹謗中傷や差別が連鎖してしまう悲しいニュースも見かけるようになりました。 一度怒りや悲しみの感情が芽生えると、それがどんどん大きくなり、やがて歯止めが効かなくなるものなのかもしれません。
◆二つの正義が対立し合うさまを見せる
劇中でも、復讐に燃える縁が過熱するあまり、その熱が剣心の周りの者たちにも飛び火してしまう描写があります。その気持ちは分からなくもありません。しかし、皆が大変なときこそ冷静さを失わずにいたいもの。剣心は過去を背負いながら前に進み、縁は過去に囚われ前が見えない。本作は、そんな二つの正義が対立し合うさまを垣間見せてくれるのです。どちらの心情も理解できるだけに、私たちの置かれている現状を改めて突き付けられているようでした。
本作を鑑賞した際には、そうした作品のメッセージや、10年にわたるシリーズが紡いできた俳優、スタッフの思いに触れることができるのではないかと思います。劇場に行けない間に、これまでのシリーズを予習・復習するのも良いかもしれません。
文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。折田さんTwitter