「自分は何のために生きているのか」「生きる価値はあるのだろうか」などと、自分自身が生きる目的を見失ってしまった時には、どう考えたらよいのでしょうか。
『あれこれ気にしすぎて疲れてしまう人へ 精神科医30年のドクターが教える傷ついた心の完全リセット術』(徳間書店)に、心の痛みを軽減するアドバイスを綴った精神科医の清水栄司さんに教えていただきました。
その日起きた「3つのいいこと」を考える
「自分は何のために生きているのか、思いつめて眠れない場合は、代わりに、その日にあった小さな『3つのいいこと』を思い浮かべましょうと、清水さんは話します。
「心を健康にする『ポジティブ・サイコロジー』という心理学を研究している米国ペンシルバニア大学のマーティン・セリグマン教授らの研究によると、毎晩寝る前に、その日に自分に起きた小さな『3つのいいこと』を書く習慣を一定期間続けると、幸福度が向上するそうです」
不眠に悩む人の症状が改善した例
「私たちの研究でも、不眠に悩む人が4週間、『3つのいいこと』を書き出した結果、症状の改善が見られました。できれば、思い浮かべるより書き出す方がより効果的ですが、ノートや紙に書くのが難儀でしたら、スマホやパソコンのメモに打ち出したり、SNSに投稿したりしてもいいでしょう」(清水さん・以下同)
いいことは、ちょっとした小さなことでOK。例えば、「今日は残業がなかった」「きれいな夕焼け空を見られた」「夕飯に買ったお総菜がおいしかった」など、ありふれた日常のいいことです。3つ見つけられなければ、1つでも十分です。
「何のために生きるか」と考えてしまうときの対処法
それでも、無性にわいてくる「自分は何のために生きているのか」という思いに歯止めをかけられず、苦しくなってしまう人もいるでしょう。
それに対し、清水さんは優しい口調でこう話します。
「哲学では『実存主義』という考えがあります。実存とは、現実に存在すること。これを私なりに解釈すると、人間はただ生きているだけで、意味がある。何か目的があって生きているのではなく、存在するために生きている。つまり、人は何かになるために生まれてきたのではなく、何になるのも自由であるということです。
自由だからこそ、自分が何者であるか、自分の生きる意味は何なのかというアイデンティティに悩み、不安になるのです。自分で好きなように生きる意味を選べる自由は、つらさでもあるのです」
「誰かの役に立ちたい」と悩むモネに…
少し前、SNS上では、次の言葉が話題になりました。
「死ぬまで、いや死んだあとも何の役に立たなくったっていい」
これは、現在放送中のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』で、誰かの役に立ちたいと悶々とする主人公“モネ”に対し、夏木マリさん演じる下宿先の大家・サヤカがかけた言葉です。
大事なことは、今ここにいること。清水さんも悩める人にこうアドバイスします。
「そもそも『自分は何のために生きているのか』――この問いに対しては、歴代の哲学者がずっと答えを探している壮大なテーマです。もちろん考える意義はあるのですが、専門家ですら、いまだに解決できていない難問でもあります。夜寝る前に布団の中で考えるよりは、3つのいいことを思い浮かべて寝る準備をした方が脳と心の健康につながります。
哲学は、昼間に誰かと対話する形で向き合う方が良いでしょう」
教えてくれたのは:精神科医・清水栄司さん
千葉大学大学院医学研究院認知行動生理学教授、医学部附属病院認知行動療法センター長、子どものこころの発達教育研究センター長も務める。千葉大学医学部卒業。 千葉大学医学部附属病院精神神経科、プリンストン大学留学等を経て、現職。著書に『自分でできる認知行動療法 うつと不安の克服法』(星和書店)などがある。