木村拓哉が生み出す緊張感を崩す長澤まさみ
本作は、終始コミカルな印象を受ける作品ですが、とはいえ、ジャンルでいえば「ミステリー」です。いつ殺人事件が起こるのか分からないスリルがあります。個性的なキャラクターたちが織り成す人間模様はとても愉快ですが、その裏で禍々しいドラマが展開しようとしているのです。
ここで観客に緊張感を与えるのが、やはり新田刑事を演じる木村拓哉の存在。彼の視線の動きなどの一挙一動がコミカルからシリアスへと、映画のトーンをガラリと変えます。原作者の東野は、新田というキャラクターを木村に当て書きしたそうですが、まさにハマり役。錚々たる面々の中心に木村が立っているのにも納得です。
そんな木村=新田が生み出す緊張感を、“お客様第一”の姿勢で崩すのが長澤まさみ演じる山岸。この2人のやり取りによって観客は、緊張と弛緩を繰り返し感じます。一見忙しなく感じますが、筆者はこの2人の関係から、学べることがあると思いました。
異なる立場の相手の”想い”をいかに汲み取るか
それは、異なる立場の相手の“想い”をいかに汲み取るかということ。ホテル内は山岸にとって聖域であり、接客素人の刑事たちに荒らされて良いものではありません。しかし同時にこのホテルは、いつ凶悪な犯罪が起こってもおかしくない状況にあります。
接客に関しては素人なものの、新田は人の命を守るプロです。多少荒っぽいことをしてでも、職務をまっとうしなければならない。こうして両者の想いがぶつかり拮抗し合うのが、前作から引き継がれている本作の勘所です。
今、至るところで人々の“想い”が衝突を起こしていることと思います。誰かにとって正しいことが、他の誰かにとっては必ずしも正しいとは限りません。むしろ、害悪であることさえあります。なぜこのような衝突が起こるのか、それは相手の訴えている切実な想いや闘っている姿を直視していないからではないでしょうか。
ネットで得た情報の切れ端や、誰かにとって都合良く切り取られたニュースだけでは、その想いの核に触れることはできません。刑事・新田と、ホテルコンシェルジュ・山岸という、それぞれの職域におけるプロフェッショナルが互いに理解し合う姿を通して、思いがけずそんな社会の現状を振り返ってしまいました。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。http://twitter.com/cinema_walk