ライター歴43年のベテラン、オバ記者こと野原広子(64歳)が、今年8月から茨城の実家で始めた93歳「母ちゃん」の介護について綴る。
ほとんど寝たきり状態だった要介護5の母ちゃんは、今では外を歩けるまで回復しました。そのきっかけとなったのが訪問入浴サービスでした。今回、オバ記者自らプロの技術を体験してみました。
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「医学では解明できない」回復ぶり
36年におよぶ東京のだらだらひとり暮らしを一時停止して、茨城で93歳の母親の介護を始めた私。「やる」とは決めたものの、正直いってどんな行政サ-ビスがあるか、それはどんなものかなどの予備知識、一切ナシ。
病院から退院してほぼ意識のない母ちゃんの横で、ケアマネジャーのUさんに説明されても、「はあ、そうですか。じゃ、それ、お願いします」としか言いようがない。田舎で暮らしていると、親戚や身内で介護をしている人がいてその人から話を聞けたりすることもあるらしいけど、私の場合、それもない。
「大丈夫ですか?」と言葉にはしないまでも、介護スタッフ全員からそう見られているような気がしたわ。
で、時が流れて介護3か月目の今、母ちゃんは手押し車を押して歩けるようになり、車の乗り降りも自在。週2日、元気にデイサービスに通っている。担当医のU医師が「医学では解明できません」というほどの回復ぶりだ。
表情のなかった母ちゃんが「訪問入浴」でニッコリ
そして今振り返ると、ターニングポイントというのかしら。あれがきっかけだったなと思い当たることがあるの。その中で強烈だったのが訪問入浴なのよね。
朝、起きることは起きたけど、表情はぼやっとしていて、どこから見ても寝たきり老人。それがわずか2時間後には、微笑んでいる。この間に何があったのか。
初めての訪問入浴で、体中を洗ってもらいシャンプーのついでにヘアマニキュアをしていただいて、それの完成形を鏡で見せたら、なんと笑うではないの! この時はまだ言葉がうまく出なかったから、「気持ちいいか?」と聞いてもうなずくだけだったけど、母ちゃんの笑顔にはその場にいた全員が「えっ?」と驚いたもんね。
その後、週に一度、訪問入浴に来ていただいて、そのたびに「あぁ、気持ちいいな~」と満足げ。ヘアマニキュアで髪の色が濃くなるたびに、介助なしで食べるとか、ポータブルトイレで用を足すとか、自分で出来ることが増えていったの。
「訪問入浴、何がすごい?」で体験することに
それを目の当たりにしているうちに「訪問入浴って何がそんなにすごい?」という興味が湧いてきて、それをスタッフの方に言うと、「体験入浴してみますか?」って。「介護サービスの空き時間に入浴していただき、改善点をお聞かせください」とのこと。
それならと、「やるやる」とふたつ返事よ。
「新人職員が体験入浴をするときは水着着用なんですが、体を洗われる感覚は何も身につけない方がいいですよ」と言われ、「ではそれで」と即決よ。
そもそも訪問入浴とはどんなものかというと、看護師さん1名を含めた3名(または2名)のスタッフが自宅にきてくれて、部屋の中で専用の浴槽を使って入浴させてくれる介護サービス。給排水は自宅のものを使い、給湯器は専用の車の中にあるの。
「おはようございま~す」
来られると、まず床にビニールシートを敷いて、そこに専用の浴槽を設置するんだけど、お風呂というより工事用器具? というほど頑丈そうで、湯船の頭部にあたる部分には横に、体の部分は縦に可動式の布を張って、これを張ったり、緩めたりして入浴者の体を沈めたり、浮かせたりする。
入浴前に体温と血圧、酸素濃度を測り、健康を確認。それから裸になると同時にスタッフさんがすかさず大きなバスタオルで前後から覆い、「浴槽のふちに腰掛けて、両手をお腹の上で重ねてくださ~い」。
そこからがマジック! 「後ろに体を倒してくださ~い。はい、大丈夫ですから、後ろに」と言われて、体を後ろのスタッフさんに預けたとたん、お尻を基点に他2名のスタッフさんの手でくるりと1/4回転。あっという間に浴槽に入っちゃった。
私と今の母ちゃんはこの方法で入るけれど、母ちゃんが寝たきりだったときはスタッフさん3人で「せいの」で、横になったままの母ちゃんを浴槽に移動していた。その呼吸の合わせ方はまさに神!と思ったね。
「あ・うん」の呼吸で流れるような作業
神は神でも、千手観音? 目をつぶっていると三位一体となって次から次にシャンプーを終え、顔から首から肩を洗い、「はい、ではこちらを向いてお背中を洗いますね~」。その間に他の人が足を洗ったり、髪を乾かしたり。
実はこれ、毎回、母ちゃんがサービスを受けているのを見ながら、そのたび驚いていたの。短い言葉のやりとりだけで、あとは「あ・うん」の呼吸。背中に目がついている? と思うようなことも何度もあって、そのたびにため息をついていた私。
でもこの流れるような作業が、サービスを受ける側になってみると、なんとも心地いいんだわ。大きな手に包まれているような安心感に、身を任せていたその時よ。「”おしも”はどうしますか?」と聞かれ、”おしも”ということは、ああそうか、とわかったとたん目が覚めた!
利用者さんでも身を任せたままの人と、「そこは自分で」といってスタッフから渡された浴用手袋をつけて洗う人のふた通り。洗い方は、横にした体の前からと後ろから、角度を変えて微妙な部分を洗うと教えられて、私もそうした。
全身ケアで生きる気力が湧いてくる
最後は浴槽から起こしてもらい、体中をタオルで拭いていただいて、なんですか、このスッキリ、さっぱり感は? 実は私、花の東京で高級と言われる全身エステも受けたことがあるけれど、リフレッシュ感はどっちが上かと聞かれたら迷っちゃう。そのくらい気持ちよかったの。
そしてあらためて思ったのは、入浴はただ体を綺麗にするだけじゃないということ。体を清潔にしたり、髪を洗ったりして全身をケアしてもらうと、生きる気力が湧いてくるんだね。母ちゃんを見て、自分で体験して、しみじみとそう思ったわ。
入浴後、あらためてスタッフに取材をすると、訪問入浴の所要時間は、準備から片付けまで50分から1時間だけど1日平均5軒回るんだって。聞けば、利用者さんは男女とも、女性スタッフに入浴させてほしいというんだって。
しかしベッドから浴槽の移動など、どう見ても重労働。女性3人で巨漢を動かすのは大変ではないかしら。
「そうですけど、重いのは一瞬ですからね」と看護師さん。それでも全員、腰にコルセットをつけているんだって。
自宅の入浴でご苦労している家族がいる人は、まずはケアマネジャー(要支援の場合は地域包括支援センター)に相談することを強くおすすめしたい体験でした。
(取材協力/スミハツサービス)
◆ライター・オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。今年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版予定。
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