1980年代におニャン子クラブの中心メンバーとして活躍した歌手・タレントの新田恵利さん(53歳)。骨折をきっかけに母親が寝たきりになり、右も左もわからないまま始まった介護。突然やって来る介護に慌てないためにしておくべきこととは? 母親への6年半の介護生活をつづった『悔いなし介護』(主婦の友社)を出版した新田さんに聞きました。
延命治療や財産の確認は、笑い飛ばせる元気なうちに
「本人が元気なうちに、どんなエンディングを迎えたいか、意向を聞いておくことが大切です。母の場合は幸い、介護になった時には認知症もなく意識がしっかりとしていましたが、介護の入り口が脳梗塞などで言語が発せなくなったり、手が麻痺して筆記ができなくなることもあります」(新田さん・以下同)
確認する内容は、終の棲家、延命治療、財産のことなど、さまざまだ。
「介護は施設で受けたいのか、自宅にいたいのか。自宅の場合は、今ご両親が住んでいる家なのか、家族が看てくれるならどこでもいいのか。本人から聞いておけば、決断時に迷いません。普段から密にコミュニケーションをとっていると、さらっと聞きやすいですよ。
親族とのすり合わせも必要です。本人が延命治療を望んでいなかったのに、それを知らなかった親族に『なぜ治療をしなかったんだ!』と責められては困ってしまいますよね。命やお金に関わる深刻な内容なので、笑い飛ばせるうちがいいです。財産の話をしたときに、親が『遺産目当てなの?』と言ったとしたら、『そんなにあるの? なら、なおさら話しておきましょ』って茶化せるくらいに(笑い)。終末期では笑いながら話せませんよね」
銀行口座の解約手続きに大変な労力
新田さんは親子関係が良く、意思の疎通に問題はなかったが、聞きそびれて後悔していることもあるという。
「母に財産がないことは分かっていたので、銀行口座の情報を確認しなかったんです。預金はほとんどないというのはわかっていたのですが、放置しておくわけにもいきません。この口座の解約手続きのために、大変な時間と労力をかけました。お金のあるなしに関わらず、銀行の通帳や印鑑の場所は聞いたほうがいいですね」
エンディングノートはコミュニケーションツールにもなる
一般に知られるようになった「終活」は、新田家でも行われていた。
「エンディングノートの意味も込めて、介護が始まってから質問事項を書いたノートを母に渡しました。終活に関わる項目もありましたが、小さいころに好きだった学科は? 将来なりたかった夢は?という項目も入れました。
私が生まれた時から母は“親”だったから、母の子供のころの話を聞いたことがなかったんです。好きな学科は『社会・歴史』と書かれていて、母から歴史の話を一度も聞いたことがなかったのにって驚いたりして。母の新しい一面を知ることができました。
コミュニケーションツールにもなる、そんなエンディングノートを書いてもらうのはおすすめです。ご両親と疎遠になっている方は、ぜひコミュニケーションをとってほしい。こういう記事を読んでみて、って私の記事をネタにして、介護やエンディングについて話をしてほしいですね」
初めは手探りでも、寄り添う気持ちがあればなんとかなる
介護を突然することになったため、介護用品をどこで買ったらいいのかもわからない手探り状態のなか、新田さんは特に排泄ケアに悩んだという。厚生労働省の調査でも、介護をする側の悩み度ランキングの1位は「排泄」だ。
スムーズなオムツ交換ができるように
「オムツの処理をされる恥ずかしさで、母が泣いてしまったことがありました。自己流でしていましたが、大人のオムツ替えは難しい。そこで『おむつフィッター』という資格を取りました。プロにコツを教わることでスムーズにオムツを交換できるようになりましたし、『サッパリして気持ちいい。ありがとう』と母が喜んでくれるのが嬉しかった」
在宅介護の際に、新田さんは自宅をリフォームしている。
「リフォームや介護用品は、介護保険を使うとかなり負担が軽減されます。我が家では介護ベッド、防水加工されたマットレスシートなどを、月に数百円程度でレンタルしました。
家のリフォームは、私はDIYが好きなので、かなり自分で行いました。母の部屋は畳だったのですが、車いすで動きやすいようにタイルカーペットに直しました。畳をはがし、断熱材を敷き詰めて、ベニヤ板をかぶせ、タイルカーペットを敷きます。費用は2万5000円ほどでした」
右も左も分からない状態からの始まった介護生活は、今年3月に母親が92歳で他界し、6年半で終わった。
「最期の半年ほどは、介護から看取りの期間に入ります。覚悟をする時間はありましたが、つらかった。もっと一緒にいたかった。それでも私なりに母のために尽くしてきたから、母を在宅で看取った時、幸せな気持ちにもなれたんです」
そう言って微笑む新田さんの右手中指には、母親の形見の指輪がはめられていた。
◆歌手・タレント・新田恵利さん
歌手・1968年3月17日生まれ。埼玉県出身。1985年、おニャン子クラブの会員番号4番として一躍人気を博す。翌年『冬のオペラグラス』でソロデビュー。その後、歌手、タレント、女優、作家として活動。2014年に実母が要介護4と認定され、今年3月に亡くなるまでの6年半の介護生活を綴った『悔いなし介護』(主婦の友社)を10月に出版。介護経験を各地で講演している。https://ameblo.jp/nittaeri/
撮影/浅野剛 取材・文/小山内麗香