
『愛の不時着』で、ヒロインと仲間たちがおいしそうにチキンを頰張るシーンを見て、無性にチキンが食べたくなったという人も多いでしょう。これは「PPL(ProductPlacement)」と呼ばれる間接広告の手法で、韓国ドラマでは、ストーリーと関係のない不自然な商品の登場に、驚かされることもしばしばです。そんなPPLが、この世界的な韓国ドラマ人気を受けて転換期を迎えているといいます。韓国エンタメライター・田名部知子さんに、韓国PPLのトレンドを解説してもらいました。
韓国ドラマの“お家芸”ともいえる「PPL」とは?
PPLとは、ドラマ内でキャストが使う小道具などに実在する特定の商品を使い、広告効果を狙う手法のことをいいます。前述の『愛の不時着』に登場するフライドチキンのチェーン店「bb.qチキン」や、サンドイッチの「SUBWAY」はPPL の常連で、それら以外にもスマートフォン、高級車、アウトドアウェア、アクセサリー、ピザ、ビール、カフェやレストランなど、多いときには、1話に10社近くの商品や店舗が出てくることも。

『パラサイト 半地下の家族』のチェ・ウシクと『梨泰院クラス』のキム・ダミの共演で話題になった『その年、私たちは』では、ちょっと世間ずれした主人公のウン(チェ・ウシク)が、「SUBWAY」の店内でサンドイッチのオーダーの仕方がわからず戸惑う様子がキュートでしたが、これは紛れもないPPL。

同作で、ヨンス(キム・ダミ)が、連日通う居酒屋で飲む焼酎は、韓国ドラマでおなじみの緑のボトル「チャミスル」ではなく、おしゃれなブルーボトルの「眞露イズバック(JINRO IS BACK)」。これはもうほぼ毎回出てくるのですが、どこの店で飲んでも「チャミスル」の緑のボトルが出てこないって、おかしくないですか?(笑い)
韓国ドラマでPPLが盛んな理由
韓国では2009年の放送法改正により、 児童向け番組と報道、時事番組を除く、ドラマやバラエティー番組などで、間接広告が認められるようになりました。背景には、韓国ドラマの海外での評価が上がる一方、壮大な設定、映像のハイクオリティー化、CGの多用などによる制作費の高騰があり、PPLに頼らざるをえない韓国ドラマの現状を放送法が認めた形です。
また、韓国では日本のように番組中にCMを流すことができず、番組と番組の間にのみCM が流れます。そのため企業側としては、ドラマ内でリアルな商品を見せることにより、広告効果を出すしかないのです。
PPLのメリットとデメリット
ところでPPLの広告効果は、どの程度なのでしょうか。直接の広告効果は不明ですが、『愛の不時着』(2020年2月日本放送開始)に登場する「bb.qチキン」(日本での店名は「bb.q オリーブチキンカフェ」)は、2020年6月には都内に3軒のみでしたが、現在は日本全国に21軒と店舗数を増やしています(2022年3月31日現在)。

「SUBWAY」 は、『愛の不時着』『その年、私たちは』『真心が届く~僕とスターのオフィス・ラブ!?~』『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』『ボーイフレンド』『太陽の末裔』『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』など、ありとあらゆるヒット作でPPLを行っていますが、その手法については2021年3月14日のニューヨーク・タイムズ紙でも取り上げられています。
記事内では韓国サブウェイのカントリーディレクター、コリン・クラーク氏が、「PPLを行う前と行ったあとでは、顧客への影響が昼と夜ほど違っていた」と述べているほど、その広告効果は絶大といえるでしょう。
また、現在の韓国ドラマの世界的な人気を受けて、経済が好調な中国の企業や、世界的なブランドが韓国ドラマへの参入を希望するようになりました。
その反面、ストーリーの流れを妨げるなど、視聴者はドラマの世界観に集中できなくなり、不快に思い、興ざめし、視聴率の低下へと繋がったケースも報告されています。
あからさまなPPLで「警告」を受けた作品も
過度なPPLが視聴者を怒らせ、不本意な視聴率につながった作品をご紹介します。イ・ミンホとキム・ゴウン主演の『ザ・キング:永遠の君主』は、過度なPPL により放送通信広告審議委員会から「警告」を受け、視聴率も下落、イ・ミンホの除隊後初作品であったにも関わらず、彼のキャリアに大きく傷をつけた作品となってしまいました。

中でも、イ・ミンホ扮する、パラレルワールドから現代韓国にやって来た皇帝がボトルコーヒーを飲み、「皇室のコーヒーと同じ味だ。深みがあってキレもある…」と、CMばりの感想を述べたシーンは、視聴者の間で是非をめぐる論争が起こり、こんなセリフを言わされたイ・ミンホへの同情論も多くあがりました。

また『ヴィンチェンツォ』のように、主演のソン・ジュンギがインスタントの中国製ビビンパを食べるシーンが、テレビ放送後に「韓国の伝統食がなぜ中国製として登場するのか」などと韓国の視聴者の反発を招き、動画配信サービス(OTT)とビデオ・オン・デマンド(VOD)配信ではそのシーンがカットされたケースもあります。

「堂々と果敢なPPLマーケティング」がトレンド
これまで視聴者を疲れさせてきたPPLですが、ここへ来て変換期を迎えています。2021年に発表された韓国の市場と消費の評価専門誌『消費者評価』によると、「今はむしろ、楽しい要素を加えながらもPPLの機能を果たすことがトレンド」と分析され、PPLを積極的に活用して話題になった、チ・チャンウク主演の『都会の男女の恋愛法』をあげています。
ヒロインが店でピザを食べている後ろに映っている、エキストラの客たち3人が着ているトレーナーの背中や前面のロゴに、それぞれ「P」「P」「L」という文字を入れて、クスっと笑える要素を加味しています。この演出に対する韓国視聴者の反応は熱く、同時にピザブランド自体も関心を受けることに成功したケースだと、本記事では結んでいます。
このように、ドラマやバラエティー番組でPPLを隠さず、むしろ見どころにすらしていくことが、1つのトレンドとなっています。
韓国ドラマの醍醐味としていっそ楽しむ
『愛の不時着』のような大作ですら、PPLのチキンや特定商品が頻出したり、制作サイドの苦労はたやすく見て取れます。
映像美や洗練された演出、練り込まれた脚本といった韓国ドラマのクオリティの高さと、「炎上したらカットすればいい。えーい、突っ込んでしまえ!」的な大雑把な面との差はあまりに大きいのですが、その差、矛盾こそが、韓国という国の魅力だと私は常々思っています。
このごちゃまぜな感じを、韓国ドラマの醍醐味として楽しめたらしめたもの! そして韓国旅行に出かけたときに、好きな作品に登場するコスメやフード、カフェなどのPPLブランドを探して、実際に身につけたり食べてみたり、そんなドラマの楽しみ方もおすすめです。
◆韓国エンタメライター・田名部知子

『冬のソナタ』の時代から16年、K-POP、韓国ドラマを追いかけるオタク記者。女性週刊誌やエンタメ誌を中心に執筆し、取材やプライベートで渡韓回数は100回超え。韓国の食や文化についても発信中。2018年に韓国の名門・梨花女子大学に短期語学留学し、人生2度目の女子大生を経験。twitter.com/t7joshi