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阿部サダヲ、岡田健史のW主演作、“殺人鬼と平凡な若者”の交流が観る人を魅了するのはなぜか?

「死刑にいたる病」劇中写真
(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
写真13枚

阿部サダヲ(52歳)と岡田健史(23歳)がダブル主演を務めた映画『死刑にいたる病』が5月6日より公開中です。本作は、阿部演じる史上最悪の連続殺人鬼と、岡田演じるごく平凡な大学生の交流を描いたもの。ミステリー、サスペンス、スリラー、人間ドラマと、ジャンルを横断して展開する物語が観客に迫りくる、戦慄のエンターテインメント作品となっています。本作の見どころについて、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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謎解きや人間ドラマも…恐怖だけではない物語に脱帽

本作は、ミステリー作家・櫛木理宇(49歳)による同名小説を、昨年公開された映画『孤狼の血 LEVEL2』が話題になった白石和彌監督(47歳)が実写映画化したもの。『そこのみにて光輝く』などの高田亮(50歳)が脚本を担当し、ベテラン俳優の域にある阿部と、話題作への出演が相次ぐ岡田を主演に迎え、日本映画史に残るであろう作品を生み出しました。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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物語のあらすじはこうです。ある一通の手紙を受け取った大学生の雅也(岡田健史)。それは日本中を震撼させた連続殺人鬼・榛村(阿部サダヲ)から送られてきたもの。彼は行方不明中の少年少女24人を殺害した容疑で逮捕され、うち9件で立件・起訴、死刑判決を受けています。ところが榛村は、最後に殺害された成人女性の事件だけは冤罪だと訴えています。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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彼から雅也への依頼は、“犯人が他にいることを証明する”こと。過去に榛村が経営していたパン屋でお世話になっていた雅也はこの願いを聞き入れ、独自の調査を始めます。やがて、想像を絶する事件の真相が明らかになっていくのです。

『凶悪』白石監督が描くリアリティ

映画『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』、『孤狼の血』シリーズなど、骨太な犯罪映画やアウトローたちの実態を描き続けてきた白石監督が手掛けただけあって、今作に大きな期待を寄せていた人は多いでしょう。阿部演じる榛村による殺害シーンでは、目を背けたくなるようなゴア表現も散見され、この手の作品にリアリティを求める人にも納得いく仕上がりのはず。実際、グロテスクなものが得意でない筆者は、何度か目を閉じてしまいました。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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しかし本作は、ミステリー、サスペンス、スリラー、果ては人間ドラマと、いくつものジャンルを内包している作品です。観る者に恐怖を与えるだけではありません。そこには“謎解き”があり、人間同士の心の動きが丁寧に描写されており、映像そのものにもさまざまなギミックが施されています。観客の興味を引き続ける高田の脚本と白石監督の手腕に脱帽。気付けば誰もが物語に取り込まれていることでしょう。

対照的な阿部サダヲ、岡田健史の演技対決から目が離せない

白石映画の魅力の一つに、作品を支える俳優たちの存在があります。出演するのは日本のトップに立つ俳優たちではありますが、映画『凪待ち』での香取慎吾(45歳)や『孤狼の血 LEVEL2』の鈴木亮平(39歳)らのように、出演者がそれまでのイメージを圧倒的に覆す姿も見られてきました。今作に出演する俳優たちも同様です。

「死刑にいたる病」劇中写真
(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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その最たる存在が、やはり榛村というシリアルキラーを演じた阿部サダヲ。彼の怪演ぶりには何度もゾッとさせられます。阿部が白石映画に出演するのは、2017年公開の 映画『彼女がその名を知らない鳥たち』以来。同作では、ヒロインに対して過剰なまでに献身的な態度を貫く男を演じましたが、今作で演じる榛村は、表向きは誰にでも好かれる善人である一方、裏の顔は計画的に殺人を繰り返す異常者です。

幼い子どもから年配者にまで好かれる“温かさ”を感じさせる演技と、殺人行為に及ぶときの空っぽな“冷たさ”を感じさせる対照的な演技は観客を大いに魅了します。これまで相当な数のキャラクターを演じ分けてきた阿部ですが、この榛村役は彼のキャリアを代表するものになったと言えるでしょう。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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若者の心理を”受けの演技”で表現

そんな阿部に対する岡田も負けていません。2018年に放送されたドラマ『中学聖日記』(TBS系)でのデビュー以降、出演作ごとに大役を務め、着実にキャリアを重ねてきた彼が今作で演じている雅也は、言わば“どこにでもいる若者”です。榛村と雅也のどちらに共感するのかといったら、恐らく多くの人がこちらでしょう(そうでなければ問題アリですが…)。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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榛村に翻弄される若者の心理を“受けの演技”で表現し、ミステリアスでスリリングな物語の世界へと観客を誘います。私たちの共感を促す余白ある演技が魅力です。

もちろん、少ない出番ながらも鮮烈な印象をスクリーンに刻んでいる岩田剛典(33歳)や、白石組の常連俳優として抜群の安定感を誇る音尾琢真(46歳)、物語をより謎めいたものにする役どころを担う中山美穂(52歳)らの好演もあってこそ、阿部と岡田の演技対決が際立っているように感じます。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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自分の中に殺人鬼の持つ“何か”と近いものを感じる恐ろしさ

本作が観客に与えるのは、禍々しい物語による恐怖だけではありません。雅也は榛村との交流を重ねていくうち、彼に魅了されます。雅也は、連続殺人鬼という特異な存在と接点を持ったことで自分も特別だと思い込んでしまう若者です。これこそ本当の恐怖。相手が連続殺人鬼だとは言わずとも、似たような経験のある人は多いのではないでしょうか。

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自分の生活の範疇からはみ出した存在、自分の理解を超えた存在への憧れは、誰しも持ったことがあると思います。だからこそ私たちの社会には、善人や悪人が登場する創作物が存在するのです。そして時にそれらは私たちに間違った道を歩ませます。

他者から見れば誰もが”変わっている”

榛村は極悪人でありながら観客をも魅了します。それはなぜか。一つはそうした魅力的な人物として描かれ、阿部が魅力的に演じているから。もう一つは、観客を代表する雅也の存在があるからです。彼はやがて、自分の中にも榛村の持つものに近い“何か”があるのを自覚します。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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そしてここから描かれるのが本作の核。ネタバレ回避のため、これ以上の記述は控えておきたいところですが、人は誰しも、他者から見れば“変わっている”、あるいは“異常”だと映る部分を持っているのではないか、そんなことを感じずにはいられません。

「死刑にいたる病」劇中写真
(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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それとどう折り合いを付けていくのかが、この社会で生きていくということ。まかり間違っても他者を危険にさらすようなことがあってはなりません。映画が進むうち、あなたは雅也とともに何に気付き、何を思うでしょうか。『死刑にいたる病』という創作物を、観客自身によって“良いもの”にしたいものです。

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(c)2022 映画「死刑にいたる病」製作委員会
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◆文筆家・折田侑駿

折田優駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。http://twitter.com/cinema_walk

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