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伊藤健太郎が「誰しも持つ未熟さ」を表現 復帰作『冬薔薇』で見せた演技者としてのセンス

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
伊藤健太郎の復帰作に (c) 2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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伊藤健太郎さん(24歳)が単独主演を務めた映画『冬薔薇(ふゆそうび)』が、6月3日より公開中です。名匠・阪本順治監督(63歳)による本作は、ある港町を舞台に、堕落した日々を送る青年とその周辺の人々の姿を見つめたもの。小林薫さん(70歳)や余貴美子さん(66歳)、石橋蓮司さん(80歳)ら豪華俳優陣を共演に迎え、骨太かつ繊細な人間ドラマを生み出しています。本作の見どころについて、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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阪本順治監督が伊藤健太郎のために書き下ろし

本作は、吉永小百合さん(77歳)主演の『北のカナリアたち』(2012年)や、稲垣吾郎さん(48歳)主演の『半世界』(2019年)などの阪本監督によるオリジナル最新作です。

映画会社からの「伊藤健太郎主演で映画を撮らないか?」との提案により企画が動き出し、阪本監督は40歳ほども年齢の離れた伊藤さんを自作の主演に据えるべく、まず実際に彼に会って、さまざまな話を聞いたといいます。そこでの話をベースとしつつ生まれたのが、この物語と、主人公の淳という人物だそうです。淳は伊藤さんに当て書きされたものであり、本作は俳優・伊藤健太郎のために書き下ろされたものなのです。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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人間の業を切なく儚く紡ぐ物語

舞台はとある港町。主人公の渡口淳(伊藤)は、親の金で通う専門学校にも行かず、日々をダラダラと過ごしています。つまらない不良仲間のことを心のどこかで軽蔑しながらも行動をともにし、周囲の人々に金をせびって生きる彼は、やることなすことすべてが中途半端のロクデナシ。

両親の義一(小林)と道子(余)は埋め立て用の土砂をガット船で運ぶ海運業を営んでいるものの、時代の変化とともに仕事も減り、日々をなんとかやり過ごすので精一杯です。そんな両親をよそに好き勝手に振舞う淳は、やがて中途半端な自分自身と対峙しなければならなくなり……。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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この物語を映画として成立させるため、超若手から大ベテランに至るまで、日本映画界の最前線に立つ俳優陣が阪本組に集いました。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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両親役の小林さんと余さんをはじめ、淳が所属する不良グループの面々には永山絢斗さん(33歳)や毎熊克哉さん(35歳)、永山さん演じる不良グループのリーダーの妹役には出演作の絶えない河合優実さん(21歳)が。

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(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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さらに、物語の転換点を作るキャラクターとして、淳の従兄弟役に坂東龍汰さん(25歳)、淳の専門学校の友人役に佐久本宝さん(23歳)が配されています。

そしてこの座組を引き締める存在として、伊武雅刀さん(73歳)、阪本組常連の石橋蓮司さんの存在があります。そんな座組を、これがスクリーン復帰作となった伊藤健太郎さんが率いているのです。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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”未熟さの塊”のような人物を等身大で演じる

伊藤さんといえば10代のうちに俳優デビューし、映画にドラマに舞台にと、ジャンルを問わずさまざまな作品に出演してきました。ドラマ『今日から俺は!!』(2018年/日本テレビ系)や映画『惡の華』(2019年)といった自身の代表作も得て、気がつけば引く手あまたの存在に。出演作ごとに新しい顔を見せてくれる伊藤さんは、もはやエンタメ界になくてはならない人材であり、彼のさらなる飛躍を期待する声もよく耳にしたものです。

監督は不祥事のことも含めて話を聞いた

そのさなかに起こしてしまった自動車事故による不祥事。それについて本稿で深くは言及しませんが、ワイドショーをにぎわせていたこともあり、ご存知のかたは多いのではないかと思います。阪本監督はこのことも含め、伊藤さんに話を聞いたそうです。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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本作で伊藤さんが演じる淳は、非常に思慮が浅く軽薄な人物です。周囲に流されては悪事を働き、親の期待を裏切り、気持ちを切り替えようとしても空回りの連続。かといって完全な悪人というわけでもありません。彼はただただ未熟なのです。満たされない現状に苛立って大口を叩いたり、大切な人の前で素直になれず傷つけてしまったり。そういった経験は誰しもあるものですし、若者に限った話でもないでしょう。

淳というキャラクターは、誰もが抱える未熟さの塊のような存在なのです。もちろん、伊藤さんと淳は違う人間で、いくら阪本監督が当て書きのために伊藤さん本人に話を聞いたといっても、それは映画作りのヒントに過ぎません。伊藤さんのネガティブなイメージがどうにも世間に浸透してしまったこともあり、とてもよく役にハマっています。しかし一番に注目すべきは、誰しもが持つ未熟さを、伊藤さんが等身大で体現していることにあるのです。

ポジショニングが的確な演技

筆者は伊藤さんの出演作を初期の頃から追ってきましたが、やはり彼はバツグンに上手い。演技の良し悪しは観客の好みや感性に左右されるものなので、そう簡単に「上手い」などと言えるものではありません。けれども彼は、やっぱり上手い。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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まず何より本作においてはポジショニングが的確です。『冬薔薇』は淳の成長物語である一方で、閉鎖的な町に生きる者たちの群像劇という側面も持っています。つまり、それぞれの登場人物の人生が描かれているわけです。伊藤さんは主演として淳のキャラクターを主張すべきところでは主張し、ほかの人物が主体となるシーンでは少し引いてそのキャラクターを引き立てます。

“この場面では何を見せるべきか?”というのを把握しているからこそできるのだと思います。

『冬薔薇(ふゆそうび)』場面写真
(c)2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
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セリフ以上に饒舌な目や耳による表現

そして、目や声による柔軟な表現は、淳が感じている苛立ちや居心地の悪さをセリフ以上に物語っています。改めて、俳優・伊藤健太郎の演技者としてのセンスに唸らされるというものです。一時は俳優活動を休止していた伊藤さんは、本作で芝居ができる歓びを噛み締めたといいます。『冬薔薇』は彼の俳優業への想いが刻まれた作品であり、日本が誇る映画人に囲まれての、幸福な再出発を果たした作品なのです。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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