
梅雨明けと同時に、記録的猛暑の日々が日本各地にやってきました。そんな夜はキンキンに冷えたビールで暑気払いといきたいところですが、1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライター田中稲さんが提案するのは、ずばり「歌飲み」です。名曲の「お酒」に酔うのも一興ではないでしょうか。
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「とりあえずはビール」!ビールCMは名曲多し
史上最高気温を叩き出している今年の夏。まだ7月なのにこれからどうなるのだろう。暑いからビールがとてもおいしい……。とはいえ、リアルでドロ酔いすると迷惑がかかるので、せめて「記事で歌飲み」をしてみようと思い立ったわけである。
さて、「とりあえずは生で!」ということで、まずは三好鉄生(現在の芸名は三貴哲成)さんの『すごい男の唄』。1987年発売、今から35年も前の歌だが、私の中ではいまだにビール曲ベストワンである。居酒屋でテーブルに着くやいなや「あ、全員生ビールね」と、「はーい、端の方から回してあげて」とジョッキを渡していく、あの乾杯直前のザワメキが聞こえてくるような1曲だ。
この曲が使用されたサントリービールのCMでは、作家の椎名誠さんが出演。椎名さんがこの歌と海をバックに、そりゃもうおいしそうにビールを飲む、というワイルドこの上ないシーンはよく覚えている!
森高千里さんが「おーい、Z冷えてるよ♪」と呼びかけてくれる1994年のアサヒ生ビール「Z」のCMソング『気分爽快』も良かった。ぷっはー、喉に沁みる!
歌謡曲ではないが、ビールを語るうえでジプシー・キングスの『ボラーレ』もどうしても避けては通れない。プシュッと缶を開けた瞬間「ボーラーレッ! オーオー♪」という熱いシャウトが脳内を巡る方、わかる、わかるぞ! あの曲はビールをおいしくする魔力がある!
もちろん「しみじみ」とビールを飲みたいときもある。休日、肩の力を抜いてホッと一息ついたあとグビッ。そんなときは、吉田拓郎さんの2013年「アサヒふんわり」のCMソングで流れた『ガンバラナイけどいいでしょう』がおすすめだ。年内で芸能活動を終了する吉田拓郎さん、名曲がいっぱいだ。
歌においてワインは「恋心」、日本酒は「涙」
「とりあえずビール」から、本格的に飲む姿勢を整え、さあ、次はワインだ。
ロマンティックな大人のラブソングにワインは欠かせない。天然の惚れ薬ともいわれるフェニルエチルアミンが含まれているそうだ。が、そんなウンチクはどうでもいい、重要なのは美しく深いレッド!

安全地帯は『ワインレッドの心』、チャゲ&飛鳥は『恋人はワイン色』と歌っている。もっと言えば、歌においてワインは単なる飲み物ではなく恋そのもの。沢田研二さんが歌う『あなたに今夜はワインをふりかけ』という名曲も、タイトルだけ読めばどんな趣向の方なのかと戸惑うが、「ワイン」を「恋心」に変換すれば納得。素晴らしく情熱的だ。

さて、ワインが「恋心」の具現化なら、日本酒は「涙」とイコール。河島英五さんの『酒と泪と男と女』や吉幾三さんの『酒よ』など、哀しみと深く関わる歌謡曲・演歌で「酒」と出てきたら、つい日本酒が浮かぶ。
焼酎でいえば「いいちこ」のCMソングを長らく担当しているビリー・バンバンの声が即効で脳内を駆けめぐる。もはや逆パターンも然りで、ビリー・バンバンを見ればいいちこが飲みたくなる。なんと理想的な酒とアーティストの関係!!

アルコール度数150%くらいに感じる『スローなブギにしてくれ』
何、そういえば洋酒が足りない? ウイスキーならCMでおなじみの石川さゆりさんの『ウイスキーが、お好きでしょ』で飲むのもいいし、恋の酒なら「テキーラ」だと『恋のメキシカンロック』で橋幸夫さんが歌っている。木の実ナナさん&五木ひろしさんは『居酒屋』で「ダブルのバーボン」を飲んでいる。さすが大御所、居酒屋でもバーボン。選ぶものが違う!
記事上の飲み会であっても、オシャレに決めたいならカクテルも外せない。岡村靖幸さんの『カルアミルク』は、ディスコやファミコンなど1990年の空気まで味わえる濃厚な1曲だ。矢沢永吉さんの『Dry Martini』も最高に粋。歌詞にまったくドライ・マティーニが出てこず、愛する女性への熱い想いがひたすら注がれていて、聴くだけでクラクラする!! この曲と、強いジンのせいにして「おまえが欲しい」と言ってしまう『スローなブギにしてくれ(I want you)』(南佳孝)の2曲は、アルコール度数150%くらいありそうなので注意!

水割りを「涙の数だけください」とリクエストされたバーテンダー
さて、こんなオシャレな流れで恐縮だが、少し酔い覚ましに私の思い出話を。昔「私のイメージのカクテルを作ってくれませんか」と勢いで言ったことがある。ひゃー! 笑ってよし、笑ってよし! しかも頼んだものの自分が恥ずかしくなり、結局テンパってどんなカクテルが出てきたかまったく覚えていない。せっかくのバーテンダーさんの瞬間クリエイティブ、もっと楽しみ、味わえばよかった。後悔しきりである。
歌の世界では小さなバーが多いので、バーテンダーとマスターが兼任しているケースがほとんどで、やはり客の注文がなかなか大変である。堀江淳さんの『メモリーグラス』では水割りを「涙の数だけください」と注文されている。「そのくらいにしときな……」と静かにチェイサーを渡したのではなかろうか、と私は勝手に想像している。
清水健太郎の名曲『失恋レストラン』では、マスターは1番で涙を忘れるカクテルを注文され、2番で心の痛みを忘れるラプソディーを歌ってくれと頼まれている。ここのマスターはとても甘く素晴らしい歌声であることが想像できるが、いやはやあらゆる方向で客の望みを叶えるのは大変なはず。「ありがたいのは常連客、無茶を言うのも常連客」。それはリアルな現実社会も同じだろう。
さて、記事内の飲み会ツアーはいったんここでお開きを。けれどお酒の歌は名曲が山ほどあるので、まだまだ歌に酔いたい方、心のちょうちんは灯したままでOKだ。
ただし、曲の中だからといって飲み過ぎは要注意。忘れていた切ない想い出がぶり返す恐れがあるから……。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka