
ムロツヨシさん(46歳)が主演を務めた映画『神は見返りを求める』が、6月24日より公開中です。岸井ゆきのさん、若葉竜也さんらを共演に迎えた本作は、ある一組の男女の関係を見つめた異色の人間ドラマ。あまりの人の良さから「神」だと呼ばれる男が善意を食い尽くされ、やがて“見返りを求める男”に豹変していく物語が展開します。本作の見どころやムロさんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
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誰しもが持っているはずの善意や倫理観に揺さぶりをかける
本作は、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)や『ヒメアノ〜ル』(2016年)などの代表作を持ち、昨年は『BLUE/ブルー』と『空白』という毛色の異なる二作で日本の映画界を盛り上げた吉田恵輔監督によるオリジナル最新作。「YouTuber」という非常に現代的な存在をモチーフに、誰しもが持っているはずの“善意”や“倫理観”に揺さぶりをかける作品に仕上がっています。

見返りを求めない「神」のような存在だったが…
イベント会社に務める主人公の田母神尚樹(ムロ)は、周囲の人々から「神」だとまで言われるほどのお人好し。そんな彼が合コンで、YouTuber・川合優里(岸井)と出会います。ここでもお人好しの田母神は楽しい会食そっちのけで泥酔状態の優里の介抱に。その後、彼女が配信する動画の再生回数の少なさに悩んでいることを知り、まさに「神」のように見返りを求めず、優里のYouTubeチャンネルを手伝うようになるのです。
2人で力を合わせて工夫するも登録者数はなかなか増えませんが、お互い良きパートナーへ。

そんなある日、優里は大人気YouTuberと知り合い、彼らとの“体当たり系コラボ動画”によって人気者へと大出世。田母神はそれまでと変わらず彼女のために一生懸命になりますが、人気者の仲間入りを果たした優里から手のひらを返されることに…。やがて田母神は、“見返りを求める男”に豹変していくのです。
アクの強いキャラクターたちを役者陣が等身大で体現
この物語を構成するのがアクの強いキャラクターたち。吉田作品には毎度さまざまな個性的な人物が登場しますが、今作もやはりそう。クセモノばかりです。そしてこれらを等身大で体現することのできる俳優たちのキャスティングがなされています。

優里を演じる岸井さんといえば、いま大注目の若手俳優の一人。今年もいくつもの出演作が公開され、大切な人の死と対峙する女性の役から、両耳が聞こえないプロボクサーの役まで、さまざまなタイプの監督の下で演じています。

この2022年、彼女は自身の演技者としての幅の広さを世に知らしめているわけです。その中でも一際目立つのが今回のYouTuber役。一人の無邪気な女性がひょんなことから人気者となり、かつて自分に尽くした人間を足蹴にするようになるまでの変化を軽快に演じています。

さらに、若葉さんが田母神の同僚である姑息な男を演じているほか、吉村界人さんと淡梨さんが過激で軽薄なYouTuberコンビに扮し、優里を人気者へと引き上げるデザイナー役に柳俊太郎さんが配されています。

どのキャラクターも見ていて虫酸が走るものばかり…。この中心に立つのが、「神」のような田母神を演じるムロさんなのです。
“見返りを求める男”に変わるムロ無しには成立しない作品
ムロさんが実写映画で主演を務めるのは、昨年公開された『マイ・ダディ』に続き二作目。ある一家の父親を演じた前作では抑制の効いた演技が非常に印象的でしたが、今回もそうです。数多くの作品で喜劇的な演技をしている俳優とあって、ムロさんのパブリック・イメージはコミカルそのものでしょう。

ところが『神は見返りを求める』の田母神はとても大人しく、他の人物の方が遥かに個性的。彼はただただ笑みを湛えて、周りによいように利用されていくばかりです。客観的に見ているこちらとしては田母神が不憫でならないものの、普段のムロさんのイメージも相まって、少々シリアスなシーンでも彼の存在がコメディ・リリーフとして機能。これが絶妙なおかしみを生み出しているのが本作の白眉な点だと言えるでしょう。ムロさん無しには成立しない作品だと思います。

演技面も演出面も豹変していく過程の表現が細やかで見事
しかし、田母神が大人しくしているのはある瞬間まで。天狗になった優里から恩を仇で返された果てに、彼は“見返りを求める男”へと豹変していくのです。演技面も演出面も、この豹変していく過程の表現が細やかで見事。溜まりに溜まった田母神のフラストレーションが、私たちの日常にだって起こり得るほんの些細なことで爆発し、堰を切ったように怒りが溢れ出して止まらないさまが実にリアルです。
彼は直接的な暴力行為に及ぶわけではないものの、優里への執着にはやはり恐ろしいものがあります。ムロさんの演技は相手を威圧するような攻撃的なものばかりでなく、怒りの感情を本来の優しさで抑え込もうとしても自制できない人間の心理状態を身振り手振りを交えた全身で訴えるからこそ、見ていて胸に迫ってくるものがあるのです。

本作は、いま流行りの「YouTuber」の存在をモチーフにしていますが、メインで描かれているのはどこにでも転がっているであろう人間同士の物語です。「善意」とは、与える側と与えられる側の認識の齟齬によって形を変えます。田母神のような心の優しい人間が醜く壊れていくさまは見たくありません。しかしこのような問題は、実際にあちこちで起こっている。独自のユーモアで包みながらも、現代社会に鋭くメスを入れる作品です。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun