2014年紅白『麦の唄』に涙腺を破壊された
私が今思い出しても震えるのは、2014年の紅白、101スタジオで披露された『麦の唄』。あれは忘れられない! 紅白歴代ベスト3に入る名シーンだと思っている。
『麦の唄』は、朝の連続テレビ小説『マッサン』の主題歌で、主演の玉山鉄二さん、シャーロット・ケイト・フォックスさんが見守る中の歌唱であった。中島みゆきさんが朗々と歌うステージのバックには、マッサンの名場面が映し出され、迫力と威厳のあるあの声がそこに乗り、美しいの極み! さらに私が感動したのは、それを聴いていた玉山さんとシャーロットさんの「在り方」だ。手を握り合い、潤んだ瞳でみゆきさんの歌唱を見つめる姿はマッサンとエリーそのものだった。二人が天国で待ち合わせをして、一緒に走馬灯を観ているよう。もう一度あの役に戻り、世界に憑依していた感じがすごかったのである。
命を感じるような歌声、広がるオーケストラと合唱、美しい映像、そしてドラマを1年間演じたリアル俳優さんの心から役が溢れ出すような佇まい──。この「全方位エモーショナル攻撃」に、私の涙腺は破壊された。ドバシャッと吹き出し続ける涙と鼻水を吹きながら、このステージが終わらないでほしい、と願った。
ちなみに、『麦の唄』のミュージック・ビデオで中島みゆきさんが歌唱しているシーンが出てくるが、この紅白の映像である。ああ、また聴きたくなってきた!
心の奥から悲しさ、苦しさ、情念、勇気、いろんな感情のダムをドワーッと放流してくるような彼女の歌声。ドラマ『PICU 小児集中治療室』(フジテレビ系)の主題歌『倶(とも)に』も、通り過ぎた日の怖さや疑いを振り返っているヒマはないよ、と背中を撫でてくれる。
そうだそうだ、「大変なことばかりでもう嫌」というクタクタ感はすぐには消えないけれど、過去に足を取られていても仕方がない。2023年も歩いていこう。怖くて足がすくんでしまったら、また「みゆき節」にまみれて魂を奮い立たせよう。ファイト!
◆ライター・田中稲
1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka