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役所広司が“国民的俳優”と言われる所以 映画『ファミリア』で見せた静かに波打つ感情表現

映画『ファミリア』場面写真
役所広司の演技に惹きつけられる(C)2022「ファミリア」製作委員会
写真12枚

役所広司さん(67歳)が主演を務めた映画『ファミリア』が1月6日より公開中です。吉沢亮さんらを共演に迎えた本作は、あらゆる差異を超えて「家族」になろうとする人々の物語。世界中で分断が加速する現代において、いま何が必要なのかを客観的に見つめた作品に仕上がっています。本作の見どころや役所さんらの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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さまざまなルーツを持つ人々が集まった骨太な“家族のドラマ”

本作は、映画『八日目の蟬』(2011年)や『いのちの停車場』(2021年)など、その年を代表する作品を次々と世に放ってきた成島出監督の最新作です。

映画『フポスタービジュアルァミリア』
(C)2022「ファミリア」製作委員会
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2003年公開の監督デビュー作『油断大敵』、2011年公開の『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』に続き、役所さんとタッグを組むのはこれが3度目(ちなみに5月には4度目のタッグ作『銀河鉄道の父』が公開予定です)。今作では、さまざまなルーツを持った人々が集まり、話す言葉も生まれ育った環境も異なる者たちよる骨太な“家族のドラマ”を生み出しています。

主人公・神谷誠治を中心に交錯する想い

妻を早くに亡くし、山里で独り暮らしをしている陶器職人の神谷誠治(役所)。

その彼のもとに、アルジェリアに赴任中の一人息子の学(吉沢)がやってきます。難民出身のナディアと結婚した学は、ある想いを父に伝えるため、彼女を連れて一時帰国したのです。

映画『ファミリア』場面写真
(C)2022「ファミリア」製作委員会
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誠治に対する学のある想いとは、この結婚を機にいまの仕事を辞めて窯元を継ぐこと。しかし、誠治はこれに反対します。

そんなある日、隣町の団地に住む在日ブラジル人青年・マルコスが半グレ集団に追われ、彼らのもとに逃げ込んできます。誠治と学は救いの手を伸ばし、それから2人とマルコスらのコミュニティとの交流が始まることに。

日々は和やかに流れていくかに思えますが、半グレ集団は執拗で残酷。マルコスたちは追い詰められてしまいます。そのうえ、アルジェリアに戻った学とナディアを思いもよらない悲劇が襲うのです……。

演技派の手堅さと新人の瑞々しさによるアンサンブル

この映画は、役所さんを中心とした演技巧者が揃っている作品です。息子の学を演じる吉沢さんといえば、主演を務めた大河ドラマ『青天を衝け』(2021年/NHK総合)での好演がいまなお鮮明に残っているというかたかたも多いのではないでしょうか。

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昨年は主演舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』の出演で1年が始まり、主演ドラマ『PICU 小児集中治療室』(フジテレビ系)と映画『ブラックナイトパレード』で幕を閉じました。まだ20代ながら、すでに“国民的俳優”の称号を手にしているといっても差し支えないでしょう。「家族」が主題の今作では主人公の息子役として物語の主軸との接点を持ちながら、何層にもなった社会問題を提起する役どころを担っています。

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(C)2022「ファミリア」製作委員会
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MIYAVIさんは半グレ集団のリーダーを凄みたっぷりに演じており、その過激さはスクリーンのこちら側にいる私たちさえも脅かすもの。しかし彼の執拗さと残酷さには理由があり、この理由をもMIYAVIさんは体現しています。

さらに、佐藤浩市さんが誠治の友人である刑事役を、松重豊さんが地元のヤクザを演じているほか、中原丈雄さん、室井滋さんらベテランの力が作品の根幹を支えています。

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経験豊富な俳優が集った一方で、本作は多くの新人が起用されています。物語の本筋に深く関わり、主演の役所さんとの掛け合いをたびたび繰り広げるマルコス役のサガエルカスさん、その恋人・エリカ役のワケドファジレさん、学の妻・ナディアを演じるアリまらい果さん、そしてマルコスの友人を演じたシマダアランさんにスミダグスタボさん。ここに並んだ誰もが本作で演技初挑戦。本作は演技派の手堅さと新人の瑞々しさによる見事なアンサンブルで成立しているのです。

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そんな作品の中心に立っているのが、日本を代表する俳優・役所さんというわけです。

“国民的俳優”のキャリアを持つ役所広司

吉沢さんのことを“国民的俳優”だと先述しましたが、彼の大先輩である役所さんこそ“国民的俳優”であることに異を唱えるかたはいないでしょう。映画にドラマにと出演作の本数もさることながら、やはり何と言ってもそのバリエーションが豊か。作品のジャンルも演じる役のタイプも問わず、名匠と呼ばれる監督たちとともに数々の名作を世に送り出してきました。

映画『ファミリア』場面写真
(C)2022「ファミリア」製作委員会
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戦国武将や軍人など歴史上の人物の役を務めることも多く、昨年は『峠 最後のサムライ』で河井継之助を演じていたのが記憶に新しいところです。歴史に名を残す人物の役として作品の看板を背負うのは、名実ともに一流の俳優でなければならないでしょう。こういったキャリアから、役所さんが“国民的俳優”だと断言できるゆえんが見えてくるというもの。ひるがえって、彼の息子役に吉沢さんが配されているのは必然のことといえそうです。

その静かに波打つような感情表現

そんな役所さんが本作で演じているのは、すでに記しているように陶器職人。限られた者しか持つことのできない肩書きであるため、特別といえば特別かもしれませんが、この誠治という人物はこれまで役所さんが演じてきたキャラクターの中でも平凡なものだといえるでしょう。

映画『ファミリア』場面写真
(C)2022「ファミリア」製作委員会
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“物語の主役”は誠治なわけですが、この“作品の主役”はやはりテーマである「家族」そのものだと思います。誠治は本作で形成される「家族」の柱であり、さまざまな人と人との繋がりの、その“繋ぎ目”を役所さんは表現しています。物語への深い言及は避けますが、新たに生まれる“繋ぎ目”もあれば、失われてしまう“繋ぎ目”もある。その際に生じるのは、喜びや悲しみや怒りの感情です。役所さんはこれらを過度にドラマチックにさせることなく、静かに波打つように表出させているのです。

私たちは「家族」になることもできる

在日ブラジル人であるマルコスらに対して、MIYAVIさん演じる半グレ集団のリーダーが執拗かつ残酷だと先述しました。そして、それには理由があるとも。彼はとある経験から、マルコスらのコミュニティに属する者たちを目の敵にしています。そこにあるのは、明らかな分断です。彼に対してマルコス本人が何かをしたわけではありません。彼はマルコスらの属性が許せないのです。

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一方、誠治の息子である学は出自のまったく違うナディアを愛し、遠く故郷を離れたアルジェリアで働いています。そして彼は、笑顔を絶やすことがありません。まさに半グレ集団のリーダーとは対照的。学は身をもって、国籍や文化や境遇が違っても家族になれることを、手を取り合えることを知っています。彼の明るさや優しさは、そんなところからきているのでしょう。

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私たちが生活する社会でも、どこかの誰かが属性の異なる誰かを貶めている現実があります。人種差別、職業差別、性差別……挙げはじめたらきりがない。人によっては何か特別な事情があって、他者との差異に向き合うのが難しい場合もあるのかもしれません。けれども、手を取り合うことができます。「家族」になることもできます。それが本作の訴えていること。私たちがつくる社会は以前よりもずっと、進化しているはずなのですから。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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