
稲垣吾郎さん(48歳)が主演を務めた映画『窓辺にて』が11月4日より公開中です。次々と話題作を手がける今泉力哉監督の最新作である本作は、フリーライターの男性主人公を中心に、多彩な人間模様が展開していくもの。143分という少し長めの映画ですが、「いつまでも観ていたい」と思わせる不思議な魅力に満ちた作品に仕上がっています。本作の見どころや稲垣さんをはじめとした役者陣の演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。
時間を忘れて見入ってしまう恋愛群像劇
本作は、『愛がなんだ』(2019年)や『街の上で』(2021年)などの代表作を持ち、今年は『猫は逃げた』が公開、来年は有村架純さん主演のNetflix映画『ちひろさん』の公開も控えている今泉監督の最新作。

主演に稲垣さんを迎え、恋愛劇や群像劇に定評のある今泉監督作品らしい、思わず時間を忘れて見入ってしまう“恋愛群像劇”になっています。上映時間は143分。2時間を超えていますし、どちらかといえば長尺の映画に分類されるかと思います。けれども、ウィットに富んだ会話の応酬や軽妙洒脱な展開の連続に、時間はあっという間に過ぎていくことでしょう。
複雑に絡み合う人間模様
元は小説家で、現在はフリーライターとして活動している市川茂巳(稲垣)。彼はある日、とある文学賞の授賞式で高校生作家の久保留亜と出会います。彼女の「ラ・フランス」という小説に惹かれた市川は、主人公のモデルとなった人物に会わせてもらうことに。

そんな市川は、編集者である妻の紗衣が自身の担当する人気小説家と浮気していることを知っていますが、そのことを言い出せずにいました。しかも彼は、妻の浮気を知ったときに自分の中に芽生えた“ある感情”についても悩んでいます。
そこへ、市川の友人家族や久保の恋人など、さまざまな者たちが現れては複雑に絡み合う人間模様を展開させていくのです。
魅力的かつ個性あふれる俳優陣が大集結!
いつもユニークな座組で名作を生み出す今泉監督。今作にも魅力的かつ個性あふれる俳優陣が大集結しています。

市川の妻である紗衣役には中村ゆりさん、紗衣の浮気相手の小説家役には新鋭俳優の佐々木詩音さん、どこかミステリアスな高校生作家・久保役には玉城ティナさん、市川の友人である有坂役には今泉組の常連俳優である若葉竜也さん、有坂の妻役には志田未来さんが配されています。

そのほか、倉悠貴さん、穂志もえかさん、斉藤陽一郎さん、松金よね子さんといった、若手からベテランまでの俳優陣が入り乱れ、見事なアンサンブルを奏でています。そんな座組の中心に立っているのが稲垣吾郎さんなのです。
俳優・稲垣吾郎の真価が収められている
本作は、クスリと笑える瞬間やヒヤヒヤと緊張させられる瞬間の連続によって成り立っていますが、ベースにはほのぼのとした空気が流れています。このベースを作っているのが、稲垣さん演じる主人公の市川です。彼は自分のことを「僕ほど平凡な人間はいない」というようなことを劇中で口にします。
一見して紳士的で余裕のある大人であり、たいがいのことには動じない。高校生作家・久保の真理を突くような発言にも、友人である有坂の悩みにも変わらず落ち着いた対応をしてみせます。

けれども人間関係が複雑になり、それぞれのキャラクターにも複雑な“個”があることが表出し始めると、市川にだって変化が表れるように。つまり、他者との表層的な関係でなく、それなりに深い(あるいは特別な)関係性にまで踏み込むことによって、いくら平凡で動じない彼にも変化が訪れるのです。

それでも終始ほのぼのとした空気が流れているのは、稲垣さんが市川というキャラクターの心の機微(変化)を絶妙なさじ加減で表現しながらも、主演として作品全体の“ベース作り”に徹しているからだと思います。
他者を活かすことによる化学反応
ここ数年の稲垣さんといえば、俳優業を活発化させている存在です。2019年には『半世界』という作品で素朴な男性主人公を演じ、彼の代表作となりました。同作を手がけた阪本順治監督はインタビューで稲垣さんについて、「主演俳優はいろんな個性を持つ俳優さんを相手に、来たボールを受けては返すキャッチャーなんです。そして、稲垣君はそれが出来る人」と語っています。

『窓辺にて』の市川も、まさにこの力が必要とされるキャラクターのように思います。ほかの登場人物たちが安心してこの世界で自由に個性を発揮できるようなベースを作り、彼・彼女らとのやり取りにより受け手である市川にも変化が生じ、それによって私たちは笑いや涙を誘われる。そこでは稲垣さんが他者を活かすことによる化学反応が起きているのです。本作には俳優・稲垣吾郎の真価が収められていると感じます。

人間はじつに奥深くて、おもしろい
恋愛や人生における格言もたくさん飛び交う本作は、すでに記しているように本当にさまざまな個性や立場のキャラクターが登場します。そして彼・彼女らの表面的な部分だけでなく、異なる側面が見えてくると、人間というのはじつに奥深くて、おもしろいものなのだと思わされます。一見、飄々としている人物でも、どこかに悲しみのようなものを隠していたりもするものではないでしょうか。

そんな人々が、それぞれの思惑が、複雑に絡み合って、ほどけて、また結びついていく。これこそが人生というもので、じつに奥深くて、おもしろい。この143分間を経た余韻の中で、そんなことを思います。みなさんはいかがでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun