
専業主婦から17年ぶりにキャリアを再開し、スーパーのレジ打ちから五つ星ホテルの幹部までさまざまな仕事を経験した薄井シンシアさん(63歳)。昨年7月に外資系ホテルの社長職を辞して、昨年11月からは異業種の外資系大手企業に再就職。60代の転職活動にシンシアさんがどう挑んだのか、転職を考える人の参考になるポイントを語ってもらいました。前編となる今回は、応募先選びや履歴書の準備について。
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60代の転職活動は思った以上の手ごたえ
前職の外資系ホテルチェーンを辞めたのは、昨年7月末のことでした。ビジネスホテルを開業し、運営するという仕事にもすっかり慣れて、このまま4軒目、5軒目と同じことを繰り返しても私自身成長がないと思ったし、自分が採用して順調に育ってきた幹部候補生たちに道を譲りたいと思いました。
退職したら、年内いっぱいは仕事をしないつもりだったのですが、なにげなく求人情報に目を通していると、思ったより面白そうな仕事が多くて、転職活動を始めたくなりました。
これまで転職自体は繰り返してきましたが、ご縁がつながって声をかけていただくことが多かったので、本格的な転職活動はタイから日本に帰国した2011年以来です。2011年はバンコクの学校食堂のマネージャーの実績しかなかったので苦戦しましたが、今回はアピールできる実績やスキルもそろっていたので好調でした。
雇用条件がよく、その分だけ人気があって競争率が高そうな、要はハードルの高い企業を中心に複数社に応募しましたが、書類選考や一次面接はほぼ通過、最終選考まで残ることが多かったです。
再就職が決まったのは、ホテル業界でもなければサービス業でもない、異業種の外資系大手IT企業です。こちらは、人気は人気でも、その会社では比較的ジュニアなイベントマネジャーというポジション。社内のさまざまなイベントを受注し、実行しています。
会社側は何度も「このポジションでいいんですか?」と聞いてくださいましたが、これこそ私の望み通りです。忙しい30代40代を60代の私が支えるというビジョンを、転職活動を始めるときから持っていたので、それが叶うことをうれしく思っています。
就職活動で最初にするのは目的を決めること
若い世代をサポートする人になることは、今回の転職活動の目的でした。私は、就職活動は作戦だと思っているんです。目的があって、それに合った戦略を立て、実行していく。だから、就職活動を始めるときには、何よりもまず目的を決める。

就職活動の最初のステップとして、自己分析をすすめる意見もあるようですが、私の考えは違います。自分が何を好きか、何が得意か、何をしたいか、そういうことを、相手(応募先企業)を想定しないで掘り下げても、こと就職活動には、あまり役に立たない気がします。
そんなことより、収入を増やしたいのか、キャリアアップがしたいのか、将来の夢のために特定のスキルを身につけたいのか、目的を明確にすることが大切です。目的が決まれば、それに沿って戦略も具体的に考えられるからです。
「モダン・エルダーになろう」と決心
12年前、52歳の私は、稼ぐ手段を一刻も早く確保したかった。だから、雇用条件はいまひとつでもそこで働くことで人脈が作れたり、新しいスキルを習得できたりする可能性を重視して就職活動をしました。ワケアリ人材なので、応募先は厳選するというよりは多めに。
63歳になった今回はまるで違って、経済的にある程度ゆとりがあるし、キャリアアップもこの辺りで一段落と考えているので、目的を自由に決められるだけの余裕がありました。それで今回は、忙しい世代をサポートする人材として組織に加わることを目指し、焦らずに就職活動を進めました。
忙しい世代のサポートを志したきっかけは、4年前に読んだ『Wisdom at Work: The Making of a Modern Elder』という本。日本語版も昨年発売されています(チップ・コンリー著、日経BP刊『モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方』)。要は、年齢を重ねた人は職場において人生経験をもとに周りへのアドバイスやサポートをして力になろうという話です。
これがずっと頭にあって、63歳の今、モダン・エルダーになろうと思いました。誰かの支援は、余裕のある人がすべきだと思うんです。自由になる時間がたっぷりある私が、面倒な仕事を引き受けて、その分、家族のことなどで忙しい人は早く家に帰ってもらう。これなら、具体的で実効性のある手助けができますよね。
スキルがあれば異業種転職は難しくない
目的が決まったら、作戦を立てる。今回の私のやり方は、労働市場の動向をメディアや求人サイトからつぶさに読み取って、人気の仕事ばかりを選び、時間をかけてじっくり企業研究をしてから応募し、提出書類や面接で話す内容を一社一社に合わせてカスタマイズし、採用を勝ち取るというもの。
人気の仕事ばかりを選んだのは、63歳になっても、労働市場から求められる人材になれることを証明したかったからです。転職エージェントもキャリアコンサルタントも「50代の転職に強い」ようなことを売り文句にする人は多いですが、60代の転職のことは誰も言わない。高齢化社会が到来し、一方で人手不足にあえいでいる今の日本で、いまだに60代人材のニーズが弱いのはおかしな話だと私は思います。

新しい業界に飛び込むほうが成長につながりやすい
応募先の選び方として他に、やはり自分の強みが生かせる仕事をということで、英語力が生きる外資系企業を選びました。業種はさまざまです。ホテルで働いた経験が豊富ならホテル業界で転職するのが一番賢いと考える人もいると思いますが、それは違います。同じ業界で転職を繰り返すより新しい業界に飛び込むほうが成長につながりやすいし、報酬が大幅に上がる可能性も高まります。
まっとうな企業は、自分たちがどんな仕事をする人材を雇おうとしていて、その仕事にどんなスキルがどのレベルで必要なのか、求人情報にしっかり織り込みます。そのスキルさえ自分に備わっていれば、同じ業種の企業で働いた経験がなくても応募できるし、気後れすることもありません。
逆に、漠然と「コミュニケーションスキルが高い人」などとしている求人は見送ったほうが無難です。自社にどういう人材が必要か具体的に説明できない企業は、実際に雇用した人材の活用もきっと下手です。
自分のスキルを棚卸しして応募書類は一社ごとにカスタマイズ
応募先が決まれば、履歴書や職務経歴書を用意します。企業側が求める人材・スキルを明示しているのですから、自分はそれにマッチしているのだと、説得力をもって伝えられる書類を作る。どの採用にも通用する万能な書類はないので、使い回しはありえません。自分が経験したこと、身に付けたスキルを、企業の求めに合う形で語る必要があります。
例えば、私が前職でした仕事は、ホテルを開業すること。その事業には、事務機のリース、清掃やごみ収集などの事業者と契約を結ぶという業務も含まれます。いわゆるベンダー・ネゴシエーションを経験したといえる。このスキルはホテル業界でなくても役に立ちます。他に、オンラインの旅行代理店などと折衝して販売チャネルを作ったり、もちろん、ホテルという施設のマネジメントをしたりしました。このように、過去の仕事をスキル単位に分解して、応募先が欲しいスキルにポイントを置いて応募書類を作ります。
ただ、実はこの作業が苦手な人が結構います。自分が在籍した企業や部署、役職、携わった事業を並べ立てることはできても、そこから何を得て、だから転職した先ではこう役に立てるとストーリーを語れないというのです。自分が携わった事業のなかで具体的に何をしたか、それをスキルにブレイクダウンするとどうなるかが分からないのだと。
ジョブ・スクリプションを書くことの意義
これは無理からぬことです。日本の多くの企業はジョブ・ディスクリプションを用いないからです。ジョブ・ディスクリプションは、担当する業務の内容や範囲、必要なスキル、難易度などを詳しく記した文書です。これがあるとその仕事がどんな作業、スキルで構成されているのかが分かります。

私は専業主婦になったときも、専業主婦のジョブ・ディスクリプションを書きました。家族に1日3食提供するとか、週に1回お風呂を掃除するとか。自分が何をもって専業主婦であるといえるのか、業務を明確に定義しました。それをこなすことで自信が生まれるし、自分にできることが明らかになって、次の仕事や活動にも生かしやすくなります。
ですから、これまでジョブ・ディスクリプションに接してこなかった人も、就職活動をするに当たって、自分の過去の活動や仕事についてジョブ・ディスクリプションを書いてみるといいと思います。今から他の人に同じ仕事をしてもらうとしたら、具体的にどんな作業、工程、スキルが必要か、誰にでも分かるように書き出してみる。そうすると、その仕事をやり遂げた自分にどんなスキルが備わったか明確になりますよね。
自分の手持ちのスキルを棚卸しできたら、あとは、応募先企業の求めるスキルを強調した書類を作るだけです。
次回の後編では、採用面接で語るべきこと、相手企業を見るポイントなどをまとめます。
◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社し、イベントマネジャーとして活躍中。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
撮影/黒石あみ 構成/赤坂麻実
●薄井シンシアさんがキャリアブレイク中のアラフォー主婦2人と鼎談 「生き方は1つじゃない」「周りに流されず好きな道を選ぶべき」