
専業主婦を17年続けた後にキャリアを再開して、スーパーのレジ打ちから有名ホテルの営業開発副支配人まで、さまざまな仕事を経験した薄井シンシアさん(63歳)が、フルタイムワーカーから専業主婦になった2人のアラフォー女性に話を聞くシリーズ。この鼎談の最終回でお届けするのは、3人のSNS活用術と、それぞれが中長期的に取り組んでみたいこと。「Retire Now, Work Later(今は仕事を辞めて、後でまた働き始める)」を実践する3人が抱く夢とは――?
好奇心で年齢差などを乗り越えて交流
――シンシアさんの鼎談の相手となったのは、大戸菜野さん、松本優季さんという2人の女性。バリバリのキャリアウーマンだった彼女たちは今、仕事をやめ、専業主婦として毎日を送ります。シンシアさんとはキャリアも年齢も異なりますが、何がきっかけで交流が始まったのでしょうか――シンシアさんが振り返ります。

シンシアさん:菜野さんとは2017年に大企業主催のイベントが最初です。国際女性デー(3月8日)のシンポジウムに、私はスピーカーとして呼ばれて、菜野さんは聴きに来ていた。登壇して自己紹介したら、(経歴が異色なので)聴きに来た人たちの口がポカンと開いていたのを思い出します(笑い)。
その後、分科会というか輪になってトークする場面があって、そのとき、私のところに集まってくれた女性たちの中でちょうど目の前にいたのが菜野さんでした。菜野さん、ずっと泣きそうな顔をしているから気になって。
菜野さん:それで、シンシアさんが「ねえ、あなた、どうしたの?」って聞いてくださったんですよね。当時、私は大手自動車メーカーで管理職になったばかりで、そんなタイミングで妊娠したので、産休は取るとして、育休はどれぐらい取っていいものかと悩んでいたんです。長く取りたい気持ちはあるものの、同じ会社には育休3か月とか産後比較的短い時間で職場復帰する人が大勢いたので、すごく迷っていました。

シンシアさん:私は「そうなんだ。ちなみに前職は?」って聞いたよね。そうしたら、家電量販店でエアコンの販売をしていたこともあるっていう話で。よく聞いてみると、どうやら菜野さんって、1つの会社で出世コースをひた走ってきたタイプとは違う。そういう人は、本当に仕事がデキる人だと私は思うから、「あなただったら育休なんか、いくら取っても大丈夫だよ」と言いました。
いつもの持論ですけど「ワーク・ライフ・バランスって日単位、週単位で考えないで、人生全体で取れていたらそれでいいんじゃない?」ということも話して。
そのときはそれだけだったんですが、昨年たまたまLinkedInの「足跡」をたどっていたら、どこかで聞いたようなプロフィールが目に入って。「ひょっとして、あのときの?」ってメッセージを送って、やりとりができました。「育休はどうしました?」って聞いたら「2年取りました」って言うから、痛快で笑ってしまいました。3か月か6か月かで悩んでいた人が思い切ったなあって。
菜野さん:そうなんですよね。会社のルール上では最長2年取れることになっていたので、保育園も落ちましたし遠慮なく。周囲からの視線は微妙なものがありましたけど(笑い)。
シンシアさん:優季さんともLinkedInでつながりましたよね。

優季さん:そうです。シンシアさんからメッセージをくださって。「今って仕事はしているの?」と聞いてくださいました。
シンシアさん:私、気になった人にはすぐ声をかけちゃうの。それまで何の関係もなかった人にでもメッセージを送る。好奇心ですね。だって、私の人生には私の人生しかないから。他の人の人生はどんななのか、何を思っているのか、知ってみたいんです。
――シンシアさんを引きつけた優季さんの投稿ってどんなものだったのでしょうか?
シンシアさん:内容はよく覚えていないけど、読みやすい文章だったのは確かですね。私はフィリピン出身で、日本語の文章は、読みやすく書かれたものでないと頭に入ってこない。読みやすいから読んでみて、内容も面白いから、興味がわいたんだろうと思います。
優季さん:何か悩みを投稿したんでしょうね。子供が体調を崩したので仕事を辞めていた頃でした。当初は子供の状態が落ち着いたら仕事に復帰するつもりでいたんですが、子供といる時間が楽しくて、迷いが出てきて。
一緒にいると、子供がどんどん“子供みたい”な顔をするんですよ。この子こんな顔をするんだ、こんなことが楽しいんだって1つひとつ発見するのがうれしくて。もう少し、この時間を延長したいと思って今に至っています。今はもう、悩んでいません。
シンシアさん:3人とも、最初から専業主婦になるぞと思ったわけじゃないんですよね。出産直後とか、子供の看病とか、一時の対応として休んだつもりなんだけど、子供といる楽しさに気づいて、自分の希望で子育てに専念する時間を持つことになった。私も娘との日々って、今思い出しても本当に平和で幸せでした。
SNSの使い方は、他人へのコメントを大切に
――年齢も住む場所もバラバラのお三方が、SNSで出会って、今日こうして実際にいろんな話ができているんですね。SNSの使い方で何か心がけていることはありますか?

シンシアさん:私は気になったらすぐ自分からコミュニケーションを取ります。女の人はやっぱりネットワークが弱いから。私自身、仕事を辞めた今はいろいろと模索しているところで、専業主婦をしている人の話をSNSで聞いてみようかと思ったり。
悩みながらも、自分で突破口を開こうとしている人に興味がありますね。“私がこんなにつらいのは全て、社会が女性にひどいからだ”という主張も、理解できる側面はあるけど、それ一辺倒だと出口がないなと思うので。年齢や背景が違っても、考え方に共通するものがありそうな人に声をかけます。で、会えそうなら会ってみる。
――女性がネットワークを作っていけるリアルな場はまだまだ限られているので、SNSでそのきっかけ作りをしているんですね。
シンシアさん:SNSは結構使えると思います。ただし、SNSでネットワーク作りをしたい場合は漫然とやっていてもダメ。実名でやることと、自分のことを発信して終わりではなくて、他人の投稿に反応することが大事です。私はLinkedInに投稿するのは週に1、2回程度。それ以外は他の人の投稿を見ているんですね。で、見て何か思ったらコメントしてみる。そこから会話が始まります。
菜野さん:LinkedInみたいな実名SNSって、やっぱりハードルは高いんですよ。会社勤めしているとなおさらで、「○○部の○○さん、あんな投稿していたよ」とウワサされるのが怖くて、「弊社の新商品です」みたいな当たり障りのない投稿になってしまう。ただ、そういうアカウントでも、メディアの記事や他の人の投稿にどんなコメントをしているか、ちょっと確認してみると、その人のことが少し分かったりします。そういう意味でもコメントは大切。

中には面白い人もいて。私も、この人いい活動をしているなとか、この人のスキルいいなとか思う人に、メッセージを送ることがあります。私自身が、お仕事のオファーをいただくこともありますよ。だから、今は専業主婦だという人も、将来また仕事を持とうと思うなら、LinkedInをやって、気になる業界や気になる人をフォローすることが準備になると思います。
優季さん:私はあまりアクティブに投稿しているわけじゃないんですが、情報収集ツールとしてSNSを使っています。基本は見るだけ。共感できたり良いなと思ったらコメントを残しますね。
シンシアさん:私は菜野さんや優季さんのSNSの使い方、いいなと思います。グチばっかりこぼすとか、他人への攻撃ばっかりとか、それだと人を遠ざける一方でしょう。
菜野さん:匿名SNSだと、そういうアカウントがどうしても目につくので、私はやりません。LinkedInは基本的には実名なので投稿やコメントに一定の節度があるし、人となりがある程度分かって交流できる安心感があります。
多様な生き方を知って、主体的に選ぶ
優季さん:私もLinkedInでシンシアさんと出会えたし、菜野さんを紹介していただきました。メッセージのやりとりのなかでシンシアさんが「あなたみたいにバリキャリから専業主婦になった人がいるよ。連絡取ってみたら?」と教えてくださって。

シンシアさん:なんでもかんでも横並びが推奨される社会で、周りと違うこと(キャリアを中断して専業主婦になること※)をやろうとすると、やっぱり不安だろうな、私も不安だったし、と思ってすすめたんです。
※総務省の調査によれば、専業主婦世帯(男性雇用者と無業の妻からなる世帯)は1980年の1114万世帯から2021年には566万世帯へと減少。
女性がいったん退職したら二度と復帰できないかのような言説が世の中にあふれているけど、実は仕事に本格復帰している元専業主婦はいる。「いるんだ」って思えたら励まされる人もいる。メディアが好んで取り上げる生き方だけが真実じゃないんですよ。
菜野さん:女性の生き方は一つじゃなくて、あれもあるし、これもある。そういうことを私も言いたいですね。だから、働きながら子育てしている人のコツとかこれいいなと思う話とか、LinkedInで広めたりしています。一方で、ときどきは私が子供と一緒にしたことを発信したり。女性みんな、好きに生きられたらいいよねっていうのを軸にしているつもりです。
シンシアさん:周りに流されないで、自分が好きな道を選ぶべきですね。じゃないと苦しい。特に、経済的には夫の収入だけで家族全員の生活が成り立つという家庭で、出産後に仕事に戻ることを決めた女性は、苦しさを抱えがちに見えます。
優季さん:どこかで罪悪感を持ってしまうのかもしれないですね。そんな必要はないのに。
シンシアさん:働きながら子育てする人も、専業主婦も、自分の選択を後ろめたく思ったり、その裏返しで別の生き方をする人に攻撃を加えたりするのをやめて、自分の価値観をしっかり持って、堂々といこうよと言いたいですね。
そして、企業も変わってほしい。子育て中の30代や40代にばかり、負荷の重い管理職を任せないで、子育てが終わった50代や60代にも管理職をやってもらえばいい。今って、会社の中で順当に階段を上がってきた人は別だけど、それ以外の道を歩んできた60代にはマネジメントをさせませんよね。

優季さん:今のシニアの皆さん、お元気なかたが多いので、せっかく子育てが一段落して仕事に集中できる環境になったのなら、力を発揮してもらうほうがいいですよね。生きがいにもなるでしょうし、人手不足の日本社会のためにもなるはず。
菜野さん:それと、もう少し人材が流動的になってもいいですね。一つの会社でずっと働く人たちばかりだと、中には安定的な地位にあぐらをかいて働きが悪くなる年配社員も出てきます。そういう50歳の正社員にできないことが、63歳のシンシアさんにはできる。そんな状況がきっと普通にある。だったら、できる人に任せたほうがいいに決まっています。
シンシアさん:私、これから変わると思う。女性も社会も。私みたいにいったん仕事を辞めて、子育てに専念して、また後で働き始めようって、同じことをやる人が今ここに2人いる。これはきっと社会の変化のきざしだと思っています。すごく楽しみです。
今後は子育てと仕事を「私が」納得いく形で
――ちょっと中長期的に、皆さんが今後やってみたいことは何ですか?
優季さん:身近な人たちに、こういう生き方があると知ってもらうことで、子供も親もハッピーな時間が過ごせるようになったらいいなと思いますね。子供と一緒にいる時間をたっぷり取って、でもその後で、また仕事にちゃんと戻れることを示したいというか。
シンシアさん:目標はありますか? 仕事復帰から何年でいくら稼ぐとか。

優季さん:お金を稼ぐ目標は卒業しましたが(笑い)、ただ今度はもう雇用されるのではなくフリーで、と思っています。子育てと両立しながら、自分が納得いく働き方をしたいので。どんな形のビジネスモデルになるか、まだ分からないですが、(歯科衛生士として働いていたので)歯科業界の古い体質を変えて、より働きやすい業界になるように、経営者の方々に働きかけたり、そういうこともしたいです。
例えば、時短勤務や残業ができないスタッフも大事なメンバーとして尊重する意識、文化を根付かせたりですとか。
菜野さん:私は今の生活が気に入っているので、子供が「ママもういいや」となるまでは(笑い)、この生活を延命する方法をなんとか考えたいと思っています。だから、仕事をするなら子育てにもメリットがある形を選びたいですね。例えばアメリカに渡れば、子供も海外経験が積めるかなとか。そうでないなら、きっぱり割り切って、子育てに時間を十分使えるような仕事、子育てに必要なお金が得られる仕事を探したいです。
私、会社を辞めたらみんなに「いいね」って言われたんですよ。「じゃ、今はお休みなんだ」とか。だけど「そういうあなたはどんな人生を生きたいの?」と聞いてみると黙っちゃう。みんな、どう生きたいか自分で考えて、思った通りにやったほうがいいですよね。そういうことは、ちょこちょこ発信しようかなと思っています。
シンシアさん:お2人とも、頼もしいですね。私は若い頃からずっと世の中の流れと逆を行っていたから、私って変なのかなと思ったりもしたんですよ。いつもボコボコに批判されるし(笑い)。でも、なかなか理解されないけど、私と同じ選択をする人が少しずつ増えてきた。その人たちのおかげもあって私は、私って変なわけじゃなくて、ただ先を行っていただけかもよと思えるようになりました。
だから、そういう人たちを今度は私がサポートしたい。今きっと不安だろうけど大丈夫だよ、私は大丈夫になった(子供が巣立ってキャリアを再開した)未来をちゃんと見てきているんだからねって。菜野さんや優季さんの5年後、10年後がどうなるか、本当に楽しみです。報告してね!
菜野さん:もちろんです。今日は楽しかったです。ありがとうございました。
優季さん:直にお目にかかってお話できて、うれしかったです。ありがとうございました。
◆薄井シンシアさん

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う大学のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラ社に入社し、オリンピックホスピタリティー担当就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia
撮影/黒石あみ 構成/赤坂麻実
●薄井シンシアさんがアラフォー主婦と鼎談 キャリアブレイク後の再就職は「また登り直せばいいだけ」