「肌・髪のハリツヤ、腸の環境を気にするなら、口の環境にも気をつけることが大切」──『歯と口を整えるアンチエイジング』(ビジネス社)の著者で歯科医師・歯学博士の生澤右子さんはそう指摘します。「歯や口を整えること」に注目したアンチエイジング対策を「お口メンテ」と呼び、さまざまな対策を推奨する生澤さんに「かむメンタルケア」について聞きました。
「かむとストレスが減る」メカニズム
コロナ禍を経てあらゆる人が大きなストレスを抱える現在。特に、仕事や家庭での責任も重くのしかかり、健康の曲がり角や更年期がやってくる40代・50代こそ、「ストレスに対抗する力が必要」だと生澤さんは指摘します。
「『心と体はつながっている』と言いますが、私たちが“心”と捉えているところも、結局“体”の一部です。『かむ』ことにより、ストレスに対抗する体の3系統システムをサポートすることができます」(生澤さん・以下同)
どういうことでしょうか。
研究報告は多数
「ストレスが加わると、交感神経のルート(SAM軸)、ホルモンのルート(内分泌・HPA軸)、免疫系の3つの系統システムが反応します。交感神経によって免疫機能も変調が起こります。一般的には、細菌やがんなどを排除する免疫細胞の働きが弱まることが知られています」
ストレスがもたらすそうした影響に、「かむこと」で対抗できるという研究報告が多数あるそうです。
「早くは1939年の報告からあり、ストレスの3系統を研究した結果、『かむことはリラックス効果がある』と述べられています。
第1の交感神経のルートでは、ガムをかむと交感神経の活動が抑えられることが判明。第2のホルモンのルートでは、ストレスにより働くホルモンの活性が抑えられるのが確認されました。第3の免疫のルートの研究でも、ガムをかむと高まった交感神経の働きを正常化し、リンパ球が増えて免疫力が上がるという報告があります」
他にも「ガムをかむとストレスが減る」ことを調べた研究は多く、「かむことが脳の前頭前野を活性化し、感情と関係する扁桃体に影響して、ストレス刺激からくる反応を抑えている」という報告などがあるそうです。
口の感覚は脳に“えこひいき”されている
その背景には、「脳と口」の関係があると生澤さんは言います。
「体全体から見ると口はとても小さい部分ですが、大脳の感覚を受け取る場所の広さでは、なんと3割も占めています。食べ物の“かみごたえ”や熱い・冷たい・触覚・痛みなど、口の感覚の情報は“えこひいき”を受けていて、唇や歯、舌なども含めて多くを伝えている。
かむことで大脳へ直接伝わる情報によって、ストレスや不安が減ったり、記憶が活性化するのです」
かむことによる刺激は、歯の根っこの表面にある薄さ0.2〜0.4mmの「歯根膜」でキャッチされ、三叉神経を通じて中継地点を経て視床下部に届きます。そのため、入れ歯やインプラントではこの“かみごこち”の繊細な感覚を得るのは難しいそうです。
かむことで「幸せホルモン」が増える
かむことでストレスに対抗できるのは、前述の3系統においてだけではありません。
「かむことによってセロトニン神経の働きを強めることができます。ストレスや不安に対抗するホルモンとして最近注目されているセロトニンは“幸せホルモン”と呼ばれ、神経の情報を伝える物質の一種で、心の安定に大切な働きをします」
セロトニンとセロトニン神経の働き
「セロトニンは、脳幹にあるセロトニン神経から出る物質で、セロトニン神経はケーブルを脳の全域や脊髄などに伸ばしています。セロトニンがキャッチされると、次の神経細胞も活性化し、リレーのように神経回路が繋がっていきます。
セロトニン神経の元気がなくなると、出すセロトニンの量も減り、次の神経細胞にうまく伝わりません。その結果、セロトニン神経の働きに支えられて活動している自律神経や運動神経などにさまざまな影響が出てしまうのです」