
ファンから「岡村ちゃん」の愛称で親しまれるミュージシャン岡村靖幸(57歳)。数々のオリジナル曲でヒットを飛ばしただけでなく、渡辺美里をはじめとする多くのアーティストに楽曲を提供するなど、1980年代から今日まで日本の音楽シーンを彩り続けます。しかし、ライターの田中稲さんによると、「いつどこで好きになったか」が不明とのこと。その出会いの不思議について綴ります。
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音楽の出会いは奇跡だ。好みのタイプはもちろんあるのだが、「想定外」もいきなりやってくる。急に問答無用で耳に入ってきて、忘れられなくなるパターン。もしくは苦手なはずなのに心に住み着くパターン。露出が少ないのに大好きになり、どういった経緯でハマったのか思い出せない方もいる。
私の中で、特別なミステリアスボーイが岡村靖幸さんである。
彼がデビューした1986年から今まで、私は彼がテレビで歌唱しているところを観たことがない。しかも、私はタチツテトをチャティチュティエチョという風に英語の発音チックに歌う人がちょっと苦手だ。岡村さん、少し当てはまるではないか。しかし大好きなのである。彼に興味を持ったきっかけはなんだっけ──。ある日突然不思議に思い、記憶の旅が始まった。

『シティーハンター』経由?それとも渡辺美里?
まず第1に考えられるのは、1987年から始まったアニメ『シティーハンター』経由である。ストーリーも声優陣も大好きだったし、加えてオープニング&エンディング楽曲がいつも素晴らしくスタイリッシュだった。TM NETWORKの「ゲワイ」こと『GET WILD』はもはや伝説だが、ほかにも『City Hunter〜愛よ消えないで〜』の小比類巻かほる、『Angel Night〜天使のいる場所〜』のPSY・Sなど、この番組が出会わせてくれた楽曲やアーティストは数多い。
岡村靖幸さんは『シティーハンター2』(1988年〜)のエンディング曲を担当。『Super Girl』は、ハッピーなイントロと肉感的な低音が、シティーハンターの主人公・冴羽リョウ(「けものへん」に寮)のイメージに合っているなあ、と思って聴いていた。すると歌の中に「仕送り」という生々しいワードが飛び出し、「今『仕送り』って歌った?!」とびっくりしたことを覚えている。この、声と歌の内容のギャップで心揺さぶられたというのが、第1の可能性である。
第2の可能性は、渡辺美里さん経由である。私は彼女の『My Revolution』に衝撃を受け、セカンドアルバム『Lovin’ you』(1986年)を購入。これに『19才の秘かな欲望』という、最高にボンバーな曲も収録されており、大のお気に入りとなった。これを作曲したのが岡村さんだった。私は昔からCDの歌詞カードを読むのが好きだったので、ここで彼の名を知り、興味を持ったのもあり得なくはない。
“ジャケ写借り”がきっかけの可能性が濃厚
そして第3がCDレンタルでのジャケ写借りがきっかけ、というラインで、これが最も濃厚だ。というのも、岡村靖幸さんを思い出すとき、私はシングルよりも先に『家庭教師』というアルバム名と、その情報量が多いジャケ写を思い出すからである。

しかもこれが全曲、余すところなく自意識過剰な思春期が詰まっていて、はっきり言ってとても暑苦しい。そして丸ごとクセになる! 1曲目『どぉなっちゃってんだよ』からボンバボンボンバボンと低く妖し気に響くリズム、そして「この世は全部幻ですよ」と合図するかのようにカーンカーンと鳴る鐘の音、「ファッション」「マンション」という、ステイタスを端的に表す言葉が、投げつけられるように聴こえてくる——。あまりの威圧感に、私はおののいた。
しかし岡村ちゃんは容赦がない。2曲目に、メソメソするがやたら強引にもなる恋愛中の情緒不安定あるある『カルアミルク』がきて、いろいろ深く悩んでいたことがどうでもよくなる『(E)na』、イメージトレーニングの暴走『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』など、彩り豊かな楽曲が続き、ラストの楽曲『ペンション』で切ない罠にガシャンとはめられてしまうのだ。
「まだまだ岡村靖幸は青春だ!」
このアルバムが彼との出会いかどうかは定かではないが、これでガシッと心掴まれたのは確かである。私はその後、このアルバムを軸に、他の楽曲も詰めこんだ「岡村ちゃんカセット」を編集し、なんども聴いた。バスケットにカルアミルクに六本木、ペンション、身長179センチ、愛犬ルー。彼の歌には、青春と欲望が詰まった固有名詞やプロフィールが散らばっていて、むせかえるほどに耳に侵入してくる。なんというか、過多! 届いてくる感情が過多!

だからこそリアル。私も思春期は、己が気持ち悪くなるほど自意識過剰だった。それをうまく発散できないまま大人になり、今もこじらせた状態だが、彼のアルバムを聴くと「上には上がいる」と思う。そして愛しくなる!
2021年には、2・3月期のNHK『みんなのうた』で放送された『ぐーぐーちょきちょき』が話題になったが、その歌い方は相変わらず濃厚なのに、素朴でやさしい感じが届いてくる。無邪気さを心から引っ張り出されて、「ああもう、やっぱりすごいなあ」と思った。
結局、私がどういう経緯で岡村靖幸さんの音楽と出会えたのかは、記憶の渦のなか。けれどその瞬間を逃さなくて、とってもラッキーだった。これだけは間違いない。
ちなみにコロナ禍の際、家でもライブを楽しめるようにと2020年5月にアップされた『LIVE 家庭教師 ’91 (STAY AT HOME & WATCH THE MUSIC) 』は、現在もソニーミュージックのYouTube公式チャンネルで観ることができる。
本人公式サイトに飛べば、メガネとスーツ姿で汗をふきとばし、しゃかりきにパフォーマンスをする現在の彼の姿がドカンと出てくる。6月18日からは全国ツアーも始まる。
「暴れまくってる情熱」を青春の定義とするならば、まだまだ岡村靖幸は青春だ!
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka