
春光まぶしい4月下旬。今年の桜前線は例年より早く北上し、新緑の若葉が目に鮮やかな季節が各地に到来しました。そんなシーズンにおいしさを増すものといえば……、と問われて「ビール!」と即答するのは、ライターの田中稲さん。折りしも4月23日は「地ビール/ビールの日」ということで、「ビールと歌の幸せな関係」について田中さんが綴ります。
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4月23日は、「地ビール/ビールの日」だそうだ。日本地ビール協会を中心とする「地ビールの日選考委員会」によって1999年に定められたという。
私は日々、仕事終わりの一杯のビールのために生きているといっていい! どんなダメダメな一日だろうが、缶ビールをプシュッと開け、グビグビグビ、ぷっはー。これだけで「くーっ、生きてる。今日の日はさようならまた会う日まで!」と締めくくることができるわけである。なんと偉大な黄金の飲み物なのか。
しかも調べてみると、ビールの日は数多い。8月1日には「世界ビールデー」、11月16日は語呂合わせで「いいビールの日」。くっ、愛されるにもほどがあるぞビール! たくさんあるなら「とりあえずビール!」と叫び、すべて祝えばいいのだ。

「恋愛ソング」でビールの存在感が薄いのはなぜ?
ということで、地ビールというにはもう大手ではあるが、沖縄の風を強く感じる「オリオンビール」が主役の、BEGINの『オジー自慢のオリオンビール』(2002年)を聴きながら踊りたい。イーヤーサッサ! これが居酒屋でかかると、お腹がどれだけパンパンでも「もう一杯……」と頼んでしまう魔力を持つ。ある意味危険だ。
さあ、次は何を聴こうかと調べてみてふと思う。昭和の恋愛ソングで探すと、ビールは意外なほど存在が薄い。ワインと日本酒、水割りに押されがちなのである。

ヒリヒリと喉に絡みつく炭酸。中途半端に表面に浮かぶ白い泡。少し冷えが足りなかっただけで一気にマズくなる繊細さ——、どれも恋と似ている。これらの特徴を生かし、ベッタベタに表現した楽曲がもっとあってもよさそうだが、なぜ少ないのか——。考えた結果、原因が2点浮かんだ。
【1】ビールの存在は「乾杯」という言葉で置き換えられてしまっている
【2】同じ炭酸系ではオシャレ度の高い「シャンパン」があり、こちらに出番を奪われがち
なるほど——。これらとは別に、私の実体験からしても、ビールは飲むとどうしても「ウェーイ」というアゲアゲモードになりがちで、しかも頻繁にトイレに行きたくなるという欠点があり、恋愛シーンには向かない。居酒屋の定番、ジョッキという武骨なルックスもデートで躊躇するポイントだ(そのためか、歌に登場するビールの多くは缶ビールである)。
ううむ、ビールは、恋愛とディープに絡めるにはちょっとドライなのかもしれない。
しかし、この軽さ、応援歌ではたまらなくすばらしいパワーを発揮する。その感覚を、そのままズバリを歌っている曲が、細川たかしさんの『応援歌、いきます』(1991年)。当時、女優の鈴木保奈美さんが草野球のキャッチャーに扮したキリン『ドラフト』のCMソングに使われ、「生ビールがあるじゃないか、あるじゃないか」のキャッチコピーが印象的だった。ツイているとか、いないとか、そんなこといいじゃないか。ググっといこうよ。心がラクチンになる言葉が日本一のこぶしに乗り、肩の力をほぐしてくれる。
歌の世界でワインは恋心、日本酒は涙とするならば、ビールはとても幸せなリセットだ。
ビールを注ぐなら『ビタースウィート・サンバ』の鼻歌を
ビールは、鼻歌とも滅法相性がいい。みなさん、ビールをコップに注ぐとき、思わず「フンフンフン……♪」と自然に鼻息がメロディ&リズムを奏でやしないだろうか。私はする!
そういった意味でお見事なのがサントリー『金麦』のCMだ。『ビタースウィート・サンバ(Bittersweet Samba)』をチョイスするとは! この曲は、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス(Herb Alpert’s Tijuana Brass)によるインストルメンタル。
「ダー、ダラッダ、ダッダラダー、ダッダラ♪」
この浮足立ったサンバのリズムが、ビールのプチプチという炭酸&のどごしのよさと恐ろしいほどマッチングする。多分、タイトルが「ビタースウィート」というからには、きっと甘いお菓子をイメージしていると思うのだが、私はもう「ビールのために作った楽曲」と、作曲者の意図を勝手にすり替えている。
この曲は、ニッポン放送のラジオ放送『オールナイト・ニッポン』(今年55周年!)のテーマ曲としてもおなじみだ。2002年には、ニッポン放送の春のキャンペーンソングとして、この曲に歌詞がついた『bittersweet samba〜ニッポンの夜明け前〜』がリリースされていた。歌唱は、ダウンタウン(浜田雅功、松本人志)、ココリコ(遠藤章造、田中直樹)、間寛平、藤井隆、ロンドンブーツ1号2号(田村淳、田村亮)、山田花子、東野幸治、花紀京という当時のよしもとの看板芸人ドリームチーム、Re:Japanである。

この歌詞がまたいいのだ。ビールとは関係ない歌だが、ビールに合う! 「夜明け前」をキーワードに、これまでの失敗や後悔、焦りとトラウマが歌われる。でも今は変わる夜明け前。もうすぐ明日はやってくる——。クーッ、すいませんもう一杯だけおかわり。つまみは唐揚げで! ダー、ダラッダ、ダッダラダー、ダッダラ……(鼻歌)♪
ちなみに、ビールは太ると言われているが、あれはビールのせいではなく、つまみのせいなのだそうだ。ビールの炭酸は揚げ物と味の相性がいい。これがどうやらいけないようである。なるほど、つまみは枝豆にチェンジで……。健康に飲んでこその多幸感。ビールがもたらすアッパーな開放感は、ついつい心を全開にしてしまうから、ジョッキの数が知らぬ間に増えないよう注意だ。
ビールについての話題がわらしべ長者的にうつろいでしまったが、それもほろ酔いの楽しさ。ビールと相性のいい曲はたくさんある。その合いの手に「ぷっはー!」「くーっ! うまいッ」という感嘆のパーカッションが響けば、最高のビール・ハッピー・コラボレーションのできあがりだ。ぷっはー!
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka