
1991年に『Good-bye My Loneliness』でデビューして以来、『負けないで』『揺れる想い』(いずれも1993年)など数々のミリオンヒットを飛ばしたZARD・坂井泉水さん。夭折から16年が過ぎた今も、その楽曲は今も多くの人に愛され続けています。メディア出演がほとんどなかったにもかかわらず、リスナーを虜にした彼女の歌声の魅力を、ライター・田中稲さんが独自の視点から綴ります。
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少し過ぎてしまったが、今年の5月でZARDの『揺れる想い』リリースから30年だという。30年前の曲!? ビックリである。私にとって、ポカリスエットのCMといえば、いまだに一番に思い浮かぶのがこの曲だ。
同時に、坂井泉水さんに対しても、私は揺れる想いで観ていた。彼女の歌からは、日常に落ちている、見落とされがちなトキメキを拾い、その小さな小さな輝きを大切にチクチク縫いつけていくような、すごく繊細な作業が見える。その集まった輝きが内面からしっとりと溢れ出て、全身を包み込んでいくような美しいオーラ。それがプリズムのように光る『揺れる想い』は大好きだ。

その数か月前にリリースされ先に大ヒットした『負けないで』は名曲だと認めつつも、勝手にコンプレックスが発動してしまう。ストレートな応援の歌詞が、あまりにもピュアな歌声に乗ってくるので「ごめん、こんなに真っすぐに応援してくれるのに、ダメな自分で本当にごめん!」と申し訳なくなるのだ。
また、様々な番組の励ましのシーンで必ずといっていいほどかかるので、そのやさしいエールを当たり前に思うようになってしまった感もある。ああ、揺れる『負けないで』への想い!
ちなみに似たタイトルで、布施明さんのシングル『負けちゃいけないよ』という楽曲がある。こちらは負けないで、ではなく負けちゃいけないと強めにハッパをかけられ、最後「ゴールはまだ遠い」と念を押される。私は「応援にしちゃ厳しいな!」とツッコみたくなる。
結局、私が応援ソングに対して妙に構えてしまうだけなのか……。
ドラマ『失楽園』の世界を切なく落とし込んだ『永遠』
私がZARD楽曲のなかで大好きなのは『揺れる想い』と『永遠』。そして、坂井さんが作詞を担当したWANDSのシングルをセルフカバーした『明日もし君が壊れても』である。
特に『永遠』は、ドラマ『失楽園』のエロくエキセントリックな世界を、まろやかに、切なく落とし込む力があった。「あなた」「私」と「君」「僕」が混ざっていて、彼女の声が持つ爽やかさ、純粋さがグーッと内包されて、情や罪悪感、後悔、時間のずれなどが、じっとりと湿気をもって流れてくるようだった。

今聴いても、その粘着性に不思議とホッとする。妖精のような彼女に、わがままとか情念を感じて、ものすごくホッとするのだ。
『明日もし君が壊れても』は、祈りを感じる。多忙かつ、メディア露出を控えていたため、なかなか自由に外に出られなかったという坂井さんだからこそ書けた、深い祈りだと思う。
大黒摩季が語る坂井泉水
彼女がメディアに出なかったのは、極度のあがり症だったのが理由の一つだったという。同時に、周りにとっても「土足で踏み荒らしてほしくない聖地」というか、隠したくなる人だったのかもしれない。
5月19日放送の『中居正広の金スマスペシャル』(TBS系)で、大黒摩季さんが出演し、坂井さんとのエピソードを語っていた。徹底管理に置かれていた坂井さんが、脱出を図る際、頼りにしたのが大黒さんだったという。
2人で近所のコンビニにいったり、オープンカフェにいったり。「怒られるのはいつも私なんだけど」という苦笑いも微笑ましくて切なくて、大切な時間だったことが伝わってきた。そして、「(坂井さんを)守ってあげたかった。いつも壊れそうで、真面目で」という言葉がとても印象的だった。

坂井泉水の「飾らない迫力」
ZARDの歌には、「君」という人称が多い。坂井さんが甘い声で好きな人を「君」と呼ぶところに、切ない距離感を感じる。想いが届くかどうかわからない。それでも見守りたい、というような。そんな彼女の願いは、『負けないで』のなかにも出てくる、心はそばにいる、という表現に集約されているのかも。
『揺れる想い』から30周年、デビューから32周年。直接歌う姿はもう見ることができないけれど、その歌は愛され続け、輝きを増している。
時折見る彼女の画像の多くは、Tシャツや無地のシャツにデニム姿が多く、ライブ映像でも、とてもシンプルな服装で、髪もメイクもまったくといっていいほど飾らず。アクセサリーもほとんど着けていない。ただただ、ひたむきに歌っている。
その姿は、あまりにも無防備というか、何も持たずして戦いの最前線にいるようで、儚いけれど、同時に凄まじい強さを感じる。
テレビやメディアの露出がとても少ない彼女だったが、見方を変えれば、こんなにむき出しだったアーティストは、なかなかいないのではないかな、とも思うのだ。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka