
飼っている犬や猫とスキンシップをするなかで、口と口を合わせたり、鼻や口をなめられたりすることを経験している人は多いのではないでしょうか。かわいい“うちの子”から愛情が返ってきたみたいで、テンションが上がりますよね。ただ、このペットとのキス、感染症リスクなどの観点から、「やってはいけない」行為だと獣医師の山本昌彦さんはいいます。
ペットの口内細菌が伝播して感染症のリスク
愛犬や愛猫から顔をなめられたりすると、うれしい気持ちになるものですが、山本さんによれば、避けるべき行為なのだといいます。
「私も猫を飼っているので、気持ちはよくわかります。ですが、犬や猫の口腔内には、さまざまな細菌が生息しているので危険です。犬も猫も口腔内の細菌の種類は人間と同等(300~700種)かそれより少ないぐらいですが、人間が持っていない細菌もいるところが問題です。キスで細菌が伝播して感染症にかかる可能性があります」(山さん・以下同じ)

動物から人間へ、人間から動物へ感染する人獣共通感染症(ズーノーシス)は世界に約150種、日本国内にも50種ほどが存在します。例えば、猫のほぼ100%(犬は75%程度)が口内にパスツレラ菌を持っていて、人の口に猫の唾液が入ることなどで、パスツレラ感染症を発症することがあるのだとか。気道からこの病気にかかると、風邪のような症状が出たり、人によっては気管支炎や肺炎、副鼻腔炎になったりするといいます。
まだまだある! 犬や猫から人に移る病気
カプノサイトファーガ感染症も、犬や猫の口から細菌が伝わってかかる病気です。ほとんどの犬や猫の口腔内には、カプノサイトファーガ・カニモルサス(またはカプノサイトファーガ・カニス、カプノサイトファーガ・サイノデグミ)という細菌が常在していて、犬や猫に噛まれたり、顔をなめられたりすることで、人が感染する恐れがあります。
「発症自体はレアケースですが、発症すると発熱、倦怠感、頭痛、敗血症、髄膜炎、播種性血管内凝固(DIC)などの症状を呈します。重症化すると進行が早く、死に至ることもあります(厚生労働省によれば、日本での発症例は1993~2017年で93件。うち19件が死亡)。特に基礎疾患のある人、小さな子どもやお年寄りなど、免疫力が弱い人は注意しなければいけません」

ウイルスや真菌、原虫、寄生虫が原因で犬や猫から人間に感染する病気も
口腔内の細菌に限らず、他の部分に保有している細菌、またはウイルスや真菌(カビ)、原虫、寄生虫などが原因で、犬や猫から人間に感染する病気もあります。バルトネラ症(猫ひっかき病)、結核、ペスト、野兎病、ライム病、レプトスピラ症、サルモネラ症、ブルセラ病、エルシニア症、リステリア症、Q熱、日本紅斑熱、つつが虫病、エキノコックス症などです。
「原虫が媒介するトキソプラズマ症は、感染している猫の糞(ふん)から人間に感染することがあります。妊婦さんがトキソプラズマ症に初感染した場合には死産・流産を引き起こすこともあります。猫の糞の片付けを妊婦さんはしない(マスクやゴム手袋などで予防する)ことがまず重要ですが、猫がお尻をなめたあとに飼い主さんに顔を寄せてくることもあるので、やはり猫とのキスを避けておきたいです」
最近では、ヘリコバクター属菌の犬・猫への感染状況や、感染と消化器腫瘍の関連性について、大学や研究機関で研究が行われています。ヘリコバクターといえば、人間の消化器官に生息するヘリコバクター・ピロリ菌が、胃がんの原因になることで有名です。
健康な人でもダメ、消毒してもダメ
たくさんの人獣共通感染症があり、犬や猫とのキスも感染経路になりえることは、動かしようのない事実です。特に高齢者や体力が低下している人、免疫抑制療法を受けている人は、リスクを認識しておくべきでしょう。

ただ、「健康な人が愛犬や愛猫との(キスを含む)ふれあいを楽しんではいけないの?」「もしも顔をなめられたら、口は閉じる、遊んだあとに顔や手をよく洗う、という対応ではいけないの?」といった疑問も浮かんでくるのですが――。
「それもやめてください。健康な人でも、後から消毒しても、一定のリスクはあります。それに、飼い主さんが喜んで愛犬や愛猫のキスを受けていると、犬や猫はそれが悪いことだとは当然分からないので、他の人にもするかもしれません。顔をなめるのはダメと教え込むべきです。
エサを口移しでペットに与えること、お箸(はし)やスプーンなどをペットと共用することも、してはいけません。さらに言えば、飼い主さんの布団にペットを入れて一緒に寝るのも本当はよくありません。長く一緒に暮らしている猫でも、飼い主さんが急に寝返りを打ったりすると驚いてひっかいてしまうことがありえます。また、そうしたときに飼い主さんの目が覚めず、すぐ消毒できなかったりすると感染症のリスクは上がります」
犬や猫と平和でハッピーな暮らしを続けるには、過度なスキンシップはやはりご法度。一緒に遊んだり、手でなでたり、ブラッシングをしたり、他のやり方で楽しい時間を持ちたいものですね。
◆教えてくれたのは:獣医師・山本昌彦さん

獣医師。アニコム先進医療研究所(本社・東京都新宿区)病院運営部長。東京農工大学獣医学科卒業(獣医内科学研究室)。動物病院、アクサ損害保険勤務を経て、現職へ従事。https://www.anicom-sompo.co.jp/
取材・文/赤坂麻実
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