
人生100年時代を迎え、多くの人がひざの痛みや歩行のトラブルを抱えています。60代から急に増える「変形性膝関節症」という病気は代表例といえるでしょう。「加齢とともにひざの軟骨はすり減り、歩くときに痛みが出たり、歩けなくなったりする。一度すり減ったら、簡単には戻らない。自力では戻せない……」と言われることもありますが、本当でしょうか。ひざ関節を専門とする整形外科医の巽一郎さんの著書『痛みが消えてずっと歩ける 100年ひざ』(サンマーク出版)から一部抜粋、再構成して紹介します。
ひざの軟骨は「自力で」再生できない?できる?
ひざ軟骨は、どうやら報道やテレビコマーシャルなどの影響でいくらか誤解されています。ひざの軟骨は、毎日すり減ったり、新しくつくられたり、いわゆる新陳代謝を繰り返しています。

結論から先にいえば、ひざの硝子軟骨(詳しくは後述)はすり減っても、少しでも残っていれば、セルフケアによって元通りまで再生します。
人のからだの細胞で、生まれてからずっと死ぬまで変わらず、生まれたときのままのものなど存在しません。同じ状態に日々再生しているから、変わっていないように見えるだけです(それが新陳代謝)。
「もう手術しかない」と思っているような段階の人でも適切なケアで再生します。自分に備わっている治る力(自然治癒力)を信用して、ひざの軟骨を守っていきましょう。
・ひざ関節軟骨がまだ残っている状態なら、セルフケアで元の状態に再生可能
・ひざ関節軟骨が完全になくなってしまったら「硝子軟骨」は生えてはこないが、セルフケアで「線維軟骨」の再生を促すことが可能。できた「線維軟骨」がクッションの役目を果たしてくれる。
いきなり専門的な用語が出てきたと、戸惑うかもしれませんが、一つずつ解説していきますので、心配無用です。
関節の摩擦低減と栄養のカギは「ヌルヌル関節液」
人のからだには約260もの関節があります。関節とは、骨と骨の継ぎ目であり、動くようにできていますが、その中でも、ひざは体重の5〜8倍の力がかかる、荷重関節と呼ばれるもっとも過酷な部分。大腿骨と脛骨(けいこつ)をつないでいます。

ひざの関節軟骨は、大腿骨の脛骨側の表面と、脛骨の大腿骨側の表面にあります。それは大腿骨と脛骨、2つの骨の端っこを、なめらかな層が覆って、骨どうしがガチャンとぶつかって割れるのを防いでいるクッションだとイメージしてください。
ひざ関節軟骨は全体の70〜80%が水を占める硝子軟骨という種類の軟骨で、摩擦係数(ツルツル度を表す指標)が0.005と超ツルツル。ひざに限らず、からだじゅうの関節にある軟骨(これを関節軟骨といっています)はこの硝子軟骨です。
表面が硝子のように見えることから硝子軟骨といわれますが、このおかげで僕らは飛んだり跳ねたり闊歩したりできます。体重の何倍もの荷重を軟骨クッションが逃がしてくれるから、スムースに立ち上がることができるのです。
関節液の役割とは?
神経や血管を持たない関節軟骨は関節液から栄養を受け取っていて、体重がかかることで関節軟骨が圧縮され、関節液が移動することにより関節軟骨細胞に栄養が行き渡ります。
関節液、という言葉が出てきましたが、からだじゅうの関節は、すべて関節包(かんせつほう)という袋で覆われています。関節包の裏側には滑膜細胞があって、その細胞から関節液というヌルヌル液が分泌されます。このヌルヌル液には関節の摩擦低減にはたらく成分と、軟骨細胞の栄養と、その成長成分が溶けています。
そんな軟骨を修復するには、傷んでいるときはあまり体重をかけずに、よく動かすことで栄養がしみこみます。傷んでいないときは、体重をかけて少し圧をかけるほうが構造が強くなっていきます。
衝撃から守るダブルキーバー「関節軟骨」と「半月板」
軟骨があればこそ、僕らは闊歩できます。先にも述べたとおり、体重の何倍もの荷重を軟骨クッションが逃がして、骨が宙に浮いているように摩擦なく滑るからです。

滑って関節が外れてしまわないように、関節の中で骨どうしをつないでいるのが靭帯と関節包、そして半月板です。
ひざの関節の軟骨には、先に説明した「硝子軟骨でできている関節軟骨」ともうひとつ、「線維軟骨でできている半月板」の2つがあり、これらがダブルキーパーの体制で衝撃から守ってくれています。
2つの骨の表面を覆う関節軟骨(硝子軟骨)はデリケートで壊れやすいが、摩擦係数は ピカイチなめらかと言いました。一方で、半月板を構成する線維軟骨は、硝子軟骨に比べると摩擦係数は大きくザラザラ気味。耐性があり、引っ張る力に対し強い性質があります。
半月板はそのため、上と下の骨を支える安定化装置(スタビライザー)になっています。正座をしたとき、ひざの外側半月板は、関節後方に脱臼し引き伸ばされた状態になります が、それでも壊れずに戻ってこられるのは線維軟骨でできているからです。

半月板損傷の仕組み
変形性膝関節症の初期では、関節軟骨はまだ少し残っていますが、関節の隙間が狭くなっている状態で、この半月板が損傷することがあります。
半月板損傷を起こすと、ひざの曲げ伸ばしの際に痛みやひっかかりを感じたりします。ひどい場合には、ひざに水(関節液)がたまったり、急にひざが動かなくなる「ロッキング」という状態になり、歩けなくなるほど痛くなります。
ひざ関節にある骨表面の硝子軟骨と、骨の間にある半月板(線維軟骨)は、ともに少し種類の違う軟骨組織だということです。
目立つことはないけれども、それぞれのお役目を黙々と果たしています。なんて控えめなはたらき者でしょうか!
◆教えてくれたのは:整形外科医・巽一郎さん

1960年生まれ。医師。一宮西病院整形外科部長・人工関節センター長。ひざのスーパードクター。静岡県立薬科大学薬学部卒業後、大阪市立大学医学部に入学。卒業後は同附属病院整形外科に入局し手術三昧の日々を送りながら、米国(メイヨー・クリニック)と英国(オックスフォード大学整形外科留学)などに学び、世界最先端の技術を体得。日本屈指の技術と、患者の立場に立った診療方針で全国各地から人が絶えない。評判の手術の腕の一方で「すぐには切らない」医師として話題を集める。湘南鎌倉総合病院人工膝関節センター長を15年務めた後、2020年より一宮西病院人工関節センター長に。