エンタメ

菊地凛子、日本映画で初の単独主演作で見せた圧巻の演技!「繊細で今にも壊れそう」なリアリティ溢れる姿

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

菊地凛子さん(42歳)が主演を務めた映画『658km、陽子の旅』が7月28日より公開中です。俳優として国際的に活躍する菊地さんが初めて日本映画での単独主演を果たした本作は、1人の女性が郷里へと向かう刹那的で途方も無い旅路を綴ったもの。主人公の心の模様が静かに描き出される、そんなロードムービーに仕上がっています。本作の見どころや菊地さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

* * *

菊地凛子と熊切和嘉監督が22年ぶりに再タッグ

本作は、『バベル』(2006年)や『パシフィック・リム』(2013年)などの代表作を持ち国際的に活躍する菊地さんが日本映画において初の単独主演を務め、『武曲 MUKOKU』(2017年)や『#マンホール』(2023年)などの熊切和嘉監督がメガホンを取ったロードムービー。

オリジナル映画の企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM 2019」の脚本部門で審査員特別賞を受賞した室井孝介さんのオリジナル脚本を原案としています。

『658km、陽子の旅』ポスタービジュアル
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

菊地さんと熊切さんのタッグといえば、2001年公開の『空の穴』以来22年ぶりのこと。独自のキャリアを築き上げてきた俳優と監督の才能が、およそ20年以上もの時を経て再び交差しているのです。

故郷・弘前へと向かう孤独な魂の旅

42歳の独身で、青森県弘前市出身の陽子(菊地)。夢破れて20年数年が経つ彼女は、なかば人生をあきらめ、社会から孤立した日々を過ごしています。

そんな彼女のもとへ、父の訃報が届きます。かつて夢への挑戦を反対されたことをきっかけに、この父娘は20年以上も疎遠でした。

陽子は従兄とその家族に連れられて車で弘前へと向かいますが、途中のサービスエリアでのあるトラブルによって、なんと置き去りにされてしまうことに。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

彼女には所持金もほとんどなく、スマートフォンも持っていない。名前も知らぬ人々が往来する中、頼れる人間だっていない。しかし、亡き父の出棺まで時間がありません。

故郷へと帰ることを迷いながらも、やがて陽子は自らの意志でヒッチハイクによって弘前へと向かい始めます。ふいに現れる若き日の父の幻を追いかけるようにして……。

陽子の旅路を彩る人々

陽子は故郷である弘前までの旅路の中で、さまざまな人たちと出会い、あるときは悪意ある冷たさに傷つき、またあるときには温もりに触れて癒やされます。そんな周囲の人々の役を、多彩な顔ぶれが担っています。

陽子に父の訃報を伝え、彼女を弘前へと連れて行こうとする従兄の茂を演じているのは、音楽の世界に軸足を置きながら、俳優としても独自のカラーを放つ竹原ピストルさん。熊切監督作である『青春☆金属バット』(2006年)で俳優デビューを果たし、その後も『海炭市叙景』(2010年)などの熊切作品を支えてきた彼が、今作では陽子を旅に連れ出すという大切な役どころを担っています。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

陽子が旅先で出会う人々の役には、黒沢あすかさん、見上愛さん、浜野謙太さん、仁村紗和さん、篠原篤さん、吉澤健さん、風吹ジュンさんらが配されています。ある人は陽子と同じようにヒッチハイカーであったり、またある人は車に乗せてくれる存在だったり。出番の多寡に関わらず、誰もがさまざまなかたちで陽子に影響を与える役どころです。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

そして、ときおり陽子の前に現れる若き日の父の幻を、オダギリジョーさんが演じています。限られたシーンの中だけでも陽子との関係性を観客に示してみせるさまは、さすが映画俳優といったところでしょうか。もちろん、彼の役どころに対する菊地さんのアプローチがあってこそのものであるのは言うまでもありません。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

そんな座組を率いているのが、菊地凛子さんというわけです。

菊地凛子が放ち、身にまとうリアリティ

すでに述べているように、菊地さんの俳優としての活動の場は“世界”です。

スペイン映画『ナイト・トーキョー・デイ』(2009年)では夜になると殺し屋として暗躍する女性を、ギレルモ・デル・トロ監督によるヒット作『パシフィック・リム』では怪獣と対峙する女性を演じていました。いずれも非常に個性的な役どころだといえるでしょう。

しかし今作『658km、陽子の旅』で演じているのは、この社会に確実に存在しているであろう42歳の女性。華々しさとは程遠いその演技は、非常にリアリスティックです。

繊細でいまにも壊れそう

どのようにリアリスティックかというと、口にする言葉はボソボソとか細く聞き取りづらく、表情はつねに精彩を欠いています。繊細でいまにも壊れそうで、存在そのものがふっと消えてしまいそう。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

この世界に、目の前に横たわる現実に、いまにも押し潰されてしまいそうな陽子像を、菊地さんは声や表情の微細な震えで表現してみせています。

第25回上海国際映画祭にて最優秀女優賞を獲得しましたが、これには大いに納得です。故郷へと向かう旅をしていくうち、陽子には少しずつ変化が見られるようになる。彼女の生命を運ぶ人々との交流や、しだいに縮まっていく亡き父との距離によってです。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

私たちはこの変化の過程を体現する菊地さんの演技によって、陽子の心に触れることができるのです。

陽子と旅をともにして思うこと

本作は陽子の旅の様子をじっくりと捉えているため、観客である私たちも彼女と旅をしている感覚になります。先述しているように、菊地さんの演技によって陽子の心に触れられるのがその理由の1つでしょう。

『658km、陽子の旅』場面写真
(C)2022「658km、陽子の旅」製作委員会
写真10枚

家族との関係は人それぞれ違います。自分を中心だと捉えたときに形成される人間関係も、それぞれ違うでしょう。

陽子は世界に対して自分自身を閉じてしまっている女性です。が、旅の道中で自ら開くようになっていきます。この態度の違いによって見える世界の景色は圧倒的に異なるはず。旅をともに終えて、そんなことを思いました。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
写真10枚

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

●「“クセ強キャラ”こそハマる」岡田将生、クドカン脚本の新作映画『1秒先の彼』で見せた本領発揮の演技

●吉岡里帆の演技はなぜ見る人を惹きつけるのか?映画『アイスクリームフィーバー』で豪華キャスト陣が体現する独特な世界観を牽引

関連キーワード