
誰かに何かを指摘されたとき、素直に聞ける相手とそうでない相手がいます。厳しいことを伝えて部下などに行動変容を促す「ネガティブフィードバック」においても、どのように伝えるかに加えて「誰が言うか」も非常に大切です。そこで、『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の著者で人事コンサルタントの難波猛さんに、話を聞いてもらえる人になるために意識しておくべきことを教えてもらいました。
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フィードバックはポジティブ4、ネガティブ1の割合で
フィードバックにはネガティブなものとポジティブなものとがありますが、ネガティブフィードバックを聞いてもらえる人になるためには、フィードバックの割合を「ポジティブ4:ネガティブ1」にするといいそうです。ポジティブフィードバックは必ずしも面談の時間を取る必要はなく、「今回の企画書、よく整理されていてわかりやすいね」「昨日は急な対応ありがとう」などと声をかけるだけで問題ありません。
「部下の言動について『いいね』ボタンを押すイメージです」と難波さん。部下は自分の行動で承認欲求と帰属欲求が満たされ、心が前向きになるほか、上司に対する親近感や信頼感も増していきます。

「4:1は1回の面談のなかでの割合ではなく、日常のコミュニケーションも含めた全体での割合です。ちなみに、1回の面談で『1個指摘して他4個ほめる』というハイブリッドをすると、『結局、この面談で何が言いたかったのか?』『私はほめられたのか? 叱られたのか?』と論点がブレて効果が低くなります」(難波さん・以下同)
ポジティブなコミュニケーションはほめるだけではない
ポジティブなコミュニケーションは業務や成果に対するフィードバックに限らず、相手に肯定的な感情やメッセージを伝えること全般を指します。具体的には、「ほめる」「承認する」ということのほか、「感謝する」「任せる」「喜ぶ」「明るく声をかける」「意見を求める」「話を最後まで傾聴する」「夢を応援する」なども挙げられます。

「理論的に正しいフィードバックであっても、常に自分を否定してくる嫌な相手の言葉は刺さりません。だからこそ、日頃から手練手管ではなく真摯な興味を部下に持ち、よい言動を見つける、ほめる、認めるなどのポジティブフィードバックを心がけることが大切です」
ほめるところがない人はいない
そうは言っても、ほめるところがないと思うケースもあると思います。しかし、「見つけられないのは、上司自身の観察眼が不足しているのかもしれません」と難波さん。
例えば、「わからないことがあると自分で考えるのをあきらめ、すぐに周りに質問する」と感じる部下がいた場合、「自分で考えない」という点に注目するとほめるところがなくなりますが、「すぐに周りに質問する」という点に注目すれば、早めに人に相談してわからないことを解決しようとする姿勢をほめることができます。
「全体像として部下をダメと決めつけるのではなく、行動を要素に分解して良い行動を見ようとすれば、それまでは欠点だと思っていた行動のなかにも、ほめるべきポイントが見えてくるはずです」
結果だけをほめ続けないように注意
ポジティブフィードバックで注意しておきたいのは、結果だけをほめ続けないこと。結果だけをほめ続けていると、部下はプロセスを度外視して結果だけを追い求めるようになります。「結果が出れば何をやってもいい」となると、コンプライアンスや倫理的に問題を生じることにつながるリスクが増えます。
「上司は、結果だけでなく、プロセスにも目を配ること。プロセスをよく見ていれば、ポジティブフィードバックはいくらでも出てきます。ただし、プロセスだけに注目して結果を軽視すれば、部下も結果を軽視するのでバランスは重要です」
こまめな面談で信頼関係を築く
ネガティブフィードバックを聞いてもらえる人になるためには、部下とのコミュニケーションの「質」だけでなく「量」も増やし、信頼関係を構築することが大切です。心理学的に、接触する頻度が高いほど相手に対する親しみが増すという「単純接触効果(ザイアンスの法則)」があります。月に1回1時間のミーティングを行うよりも、月に4回15分のミーティングを行うほうが、親近感や信頼感は高まります。

「最近はリモートワークやテレワークという働き方が定着してきて、上司と部下が接する時間が減ってきている会社も多いと思います。『たまたま顔を見かけて雑談』という単純接触をする機会が減っているからこそ、短時間でいいので、定期的に1対1で面談の機会を設けることをおすすめしています」
耳が痛い話は「日頃から」「1対1」で信頼関係を構築する
信頼関係を構築するという点では、「期末評価でサプライズを起こさない」ということも非常に重要です。厳しい評価であったとしても、日頃から指摘されていたことであれば比較的受け入れやすいですが、普段まったく伝えていない内容であった場合、「もっと早く教えてほしかった」「自分の行動は今までそんな風に見られていたのか」などと感じさせてしまい、自分の行動への内省ではなく、上司への不信が先に浮かぶことになります。
また、耳が痛い話をするときは、「部下と1対1で話す」ことも大切です。他の人の前で指摘されると、理論的に受け止めるより感情的に納得がいかない状態になってしまいます。
「指摘するときは、会議などが終わった後に『ちょっといいですか?』と残ってもらう、オンラインの場合はミーティングを終わらせて『この後5分だけいいですか?』とメッセージを送るなど、場を区切るのが鉄則です」
信頼関係の構築が難しいときは「課題の分離」をする
部下と上司のどちらかが異動したばかりであったり、会社の方向性が大きく変わり、今まで許容されていた部下の行動を大きく変えてもらわなければならなかったりなど、なかなか信頼関係を構築するのが難しい場面もあると思います。そんなときに覚えておきたいのが、アドラー心理学の「課題の分離」という思考法です。
「課題の分離」とは、「自分の課題」と「相手の課題」に分けること。例えば「厳しいことを相手に伝えるかどうか」は自分の課題であり、「伝えられたことをどう受け止めるか」は相手の課題とみなします。自分が何を言うかということと、相手がそれを聴いて何を感じるかは別問題である、ということです。
「こんなことを伝えたら怒るかな、ショックを受けるかな、嫌だろうななどと考えるだけムダということです。そう考えれば、まずは上司として『可能な限り、事前に関係構築に努める』『そのうえで、伝えるべきことをしっかり伝える』という『自分の課題』に集中して第一歩を踏み出せるはずです」
◆教えてくれたのは:人事コンサルタント・難波猛さん

なんば・たけし。マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント。早稲田大学卒業。コンサルタントとして3000人以上のキャリア開発施策、2000人以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。著書に『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)など。