ペットの高齢化に伴い、認知症になる犬や猫が増えているという。「うちの“子”に限って…」はあり得ない。どんな犬や猫もなりうる病気について、飼い主はどう向き合い、何を知っておくべきか――。認知症になった愛犬を約半年にわたって介護した児童文学作家の今西乃子さん。美談だけでは済まされない日々について語ってもらった。
17才直前で認知症の兆しが
「愛犬の未来(柴犬・メス)に老いの兆しが見え始めたのは16才を過ぎた頃(人に換算すると約80才)。階段の上り下りができなくなるなど、少しずつできないことが増えていきました」
そう語るのは、児童文学作家の今西さんだ。
「もうすぐ17才というある日、未来がダイニングテーブルの周りを、トッコ、トッコとゆっくり何周も歩き出したんです。名前を呼んでも知らん顔。一心不乱にぐるぐるぐるぐる…。その姿を見たとき、認知症かもしれないと思いました」(今西さん・以下同)
かかりつけの獣医師を受診すると、やはり認知機能が低下していることが判明。年齢や行動から鑑みて、認知症と診断された。
「獣医師にそう言われても悲観的な気持ちはなくて、“ついにきたか”とか、“飼い主の自分たちががんばれば何とかなる”と楽観的に捉えていました。だけどこの考えは、いま思うと甘かったですね…」
未来の介護はそんな生ぬるいものではなかった。まず直面したのがおしっこ問題。いままでは決められた場所でできていたおしっこが、トイレ以外の場所ですることが増えたのだ。
「家のあちこちで、おしっこをするようになりました。カーペットにおしっこをされると洗うのが大変だし、乾くのにも時間がかかるので、ホームセンターで50㎝角のタイルカーペット(1枚300円程度)を買ってきて敷き詰めることにしました。これなら、おしっこした部分だけ外して洗えばいいですからね。
実際これで手間が減ったのですが、家具に合わせて濃い色のタイルカーペットを選んだものだから、おしっこをされても気づきにくい。グレーやベージュなど、もっと薄い色にすればよかったと反省しました。見つけにくいからと放っておくと、床までおしっこが染みて部屋に悪臭がこもってしまうため、朝起きたらまず、おしっこをしていないか、はいつくばって30分ほど部屋中を点検するようになりました」
夜鳴きが続き、不眠からうつ病に
粗相以上に困ったのが夜鳴きだ。
「未来はとてもおとなしい子で、それまでに吠えたのはたったの2回。そんな未来が、認知症の症状が出始めてすぐ、夜になると理由もなく『ウォオオオオオオーン』と激しく遠吠えをするようになったんです。獣医師などから話には聞いていましたが、いよいよ始まったと覚悟を決めた覚えがあります」
初めはひと晩に2~3回だったが、次第に回数が増え、夜9~深夜3時まで断続的に鳴くようになったという。
「わが家は戸建てで、周りは住宅街。窓を閉めていても向こう三軒まで聞こえるほどのうるささでしたから、翌朝ご近所さんに、“未来ちゃん昨夜も鳴いていたね”と言われることも…。そのたびに謝ることしかできませんでした。自分の苦労ならがまんできましたが、人さまに迷惑をかけてしまうのがつらかったですね」
夜鳴きを始めたら明かりをつける、フードをあげる、日中に朝日を浴びさせるなど、夜鳴き対策にいいとされることはさまざま試したが、どれも効果がなかったという。
今西さんは慢性的な睡眠不足に陥った。そして精神的・肉体的に疲労が重なったある日、異変が起きた。
「突然息ができなくなって、耳が詰まったような状態になりました。“このままでは死んでしまう”と思うほどの恐怖感と息苦しさ。症状は2時間ほどで落ち着きましたが、明らかに体が悲鳴を上げていました。後日、うつ病からくるパニック障害という診断を受けました。それほど追い詰められていたのかと驚きましたね」
いつまで続くかわからない介護──。飼い主がひとりでがんばればいいというわけではないのだ。飼い主が体調を崩せば介護ができなくなり、愛犬も共倒れする。限界を迎える前に飼い主自身のケアも大切なのだと気づかされたという。
近所と良好な関係を築くのも飼い主の務め
その後、自分も病院に通いながら獣医師と相談し、未来にはサプリメントを服用させることになった。それで夜鳴きは少し落ち着いたものの、完全になくなることはなかったという。
「ご近所さんは、“大丈夫よ、気にしないで”とやさしい言葉をかけてくれましたが、迷惑をかけているのは事実。申し訳なさでいたたまれなかった。
認知症による夜鳴きは、投薬やしつけなどで治るものではありません。今後も続くことを見越して、ご近所さんには菓子折りを持ってあいさつに行き、事情を説明するなど、誠意を見せることにしました」
菓子折りの熨斗紙には「お詫び」、贈り主には「未来」と書き入れた。さらにはがきサイズの手紙も同封した。
近所にあいさつに行くと「飼い主さんも体を壊さないようにね」
「気にならない程度だから大丈夫」
などの温かい声をかけてもらったという。
「本当にありがたかったです。夜鳴きなどで周囲に迷惑をかけることを見越し、飼い主がご近所さんと良好な関係を築いておくことはとても大事だと思います。私も近所で会えばあいさつをするし、自治会にも参加しています。ペットを飼っている人こそ近所づきあいを疎かにしてはいけないと思います」
老犬になってからこそのかわいさも
未来が認知症になって、いいこともあったという。
「未来は若いとき、抱っこが嫌いでした。保護犬だったのですが、前の飼い主の虐待により、右後ろ脚の足首から下と、左後ろ脚の指から先がないため、散歩に行くときは抱っこをしていたんですが、それ以外はすぐに降りたがっていました。ところが認知症になってからは、抱っこするとうれしそうに笑ってくれるようになったんです。これがかわいらしくて、私にとっては幸せな時間でした」
未来は今西家に来てから17年半を暮らし、2023年2月の深夜、今西さんの腕枕の中で眠るように息を引き取ったという。老衰だった。
「老犬介護は、それまで幸せな毎日をくれた犬への“恩返し”だと私は思います。介護は毎日のことですからたしかに大変ですが、最後にしっかりお世話できたことで、未来が亡くなった後も、悲しみより“いい生き方をしてくれてありがとう”という感謝がわいてきました。
認知症になるということは、それだけ長生きしたという証。最高のゴールを迎えて天国に旅立ったのではないかと思っています」
現在、今西さんの家には “きらら”という名の14才のミックス犬(メス)がいる。いまのところ、認知症の気配はないという。
「きららが認知症になっても、未来のときよりもっとうまく介護できると思います。こうやって飼い主も成長していくんですね。
いまは予防策として、認知症対策にと獣医師におすすめされたサプリメントをのませつつ、おやつを隠して見つけてもらう遊びをし、脳を鍛えています」
認知症になってからかかった費用
◆教えてくれたのは:児童文学作家・今西乃子さん
日本動物愛護協会常任理事。執筆の傍ら、愛犬・未来とともに全国の学校等で「命の授業」を展開。未来亡き後も活動は続けており、その数は270か所を超える。主な著書に『うちの犬が認知症になりまして』(青春出版社)など多数。
取材・文/鳥居優美
※女性セブン2024年10月10日号