
高血圧に悩む人は多いが、あなたは“本当の数値”を知っているだろうか。日中の数値が安定しているからと侮るなかれ。体を休めているはずの睡眠中に血圧が上がり、命を奪うことがあるという。
「寝ても体の疲れが取れず、朝起きたときの頭痛も気になったので病院を受診しました。その場で測った血圧は正常の範囲でしたが、念のためと24時間測定を提案され、測定してみると夜間高血圧と診断されました」
そう話すのは神奈川県在住の主婦・Aさん(52才)。医師には「もし気づかずに放置し続けていたら、脳梗塞や心筋梗塞のリスクもあった」と告げられたという。
夜寝ている間に血圧が上がる夜間高血圧は脳卒中や心筋梗塞を発症するリスクが高いうえ、気づきにくいため“サイレントキラー”とも称される。日中や受診時の血圧値は正常なので問題ないと思い込んではいけない。命が蝕まれてしまう危険について専門家が警鐘を鳴らす。
暑さや脱水は心臓への負担に
気温が低いと血管が収縮し血圧が上がりやすくなるため、一般的には冬になると高血圧リスクが高まるとされている。だが、東邦大学名誉教授で循環器専門医の東丸貴信さんは、夏場の高血圧リスクについてこう指摘する。
「実は血圧は暑い時期にも一時的に上がることがあります。夏は交感神経が活性化せず血管が広がるため、血圧は下がります。しかし、脱水状態になり体内の循環血液量が減ると交感神経が活性化し、内臓の血管が収縮して心拍数が増える。血管抵抗が上がり心臓の拍出量も増え、血圧が一時的に上がりやすくなるのです」
つまり、昼夜問わず気温が高い夏場は、日中だけではなく夜間の血圧値にも注意が必要なのだ。東京家政大学栄養学部教授で東京女子医科大学循環器内科非常勤講師の佐藤加代子さんが言う。
「暑さによる寝苦しさで睡眠の質が低下し、夜でも交感神経が優位になります。体がいつまでも“活動モード”のまま休まらず、寝ている間に血圧が上がってしまう可能性があるのです」
日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインでは、高血圧の診断基準は診察室血圧「上(収縮期)140/下(拡張期)90mmHg以上」、自宅では血圧値が低く出やすいことから家庭血圧は「135/85mmHg以上」とされている。夜間高血圧の基準値はそれよりも低く、「120/70mmHg以上」が高血圧と定義される。
「睡眠中のリラックスした状態では副交感神経が働いて血管が広がるため、通常は日中に比べて血圧が10~20%程度下がるとされています。夜間でも血圧が高いままだと心臓の負担が大きくなり、血管にもストレスがかかり続けて動脈硬化のリスクが高まります」(東丸さん・以下同)

命にかかわるリスクはさまざまな研究からも明らかになっている。
「脳卒中の発症リスクは、昼に比べて夜間の血圧が“下がらない人”で2.56倍、昼よりも“上昇する人”では3.69倍に高まるといわれています。また夜間の血圧が10mmHg上昇すると、脳卒中と心血管疾患のリスクが20%上昇するという研究結果もあります。
最近の研究では日中は血圧コントロールができていても夜間に血圧が上がる場合、心不全リスクが2.45倍上昇するという結果も出ています」
佐藤さんは「特に更年期や閉経を迎えた女性は要注意です」と話す。
「女性ホルモンのひとつであるエストロゲンには血管を拡張するほか、血液の粘度を下げるプロスタサイクリンという物質の分泌を促す働きがあります。閉経後はこのエストロゲンが急激に減るので、血圧が上がりやすくなる。さらに更年期には自律神経の乱れも起こりやすいため、夜間高血圧のリスクが高まります」
夜間高血圧の怖さは命を蝕むリスクだけではなく、「気づきにくさ」だと東丸さんは話す。
「主治医が夜間高血圧に詳しいとは限らず、診断されるのが難しい。大きな病院であれば24時間血圧計の貸し出しをしている場合もありますが、あまり普及していません」
夜間高血圧をいち早く発見するためのポイントは、血圧測定のタイミングだ。
「朝起きたら、食事やトイレの前にいすに座って安静後に測る。できれば起床後30分以内、遅くても1時間以内に2回測り、平均してください。そして就寝前の血圧値と比較してみましょう。寝る前は低いのに朝は高いという人は、夜間高血圧の可能性が疑われます」(佐藤さん・以下同)
薬の自己調節で心不全が悪化
夜間高血圧を防ぐためには、快適な睡眠環境と生活習慣の見直しが欠かせない。
「入浴は寝る直前ではなく就寝の1~2時間前に済ませましょう。体温が下がるタイミングと入眠を合わせることで、寝つきがよくなります。また、寝る1時間前にはテレビやスマホを見るのをやめ、寝室を暗くしておくとリラックスして入眠しやすくなります。心が落ち着く好きな音楽を聴いたり、ストレッチをしたりするのもいいですね。眠れないからといってアルコールを飲む人もいますが、睡眠の質を悪くしてしまうので逆効果です。
普段から血圧を下げておくために1日30分くらい息が上がる程度の運動を心がけてください。毎日が無理なら1週間に1回、1時間半ほどでもいいでしょう」
暑い時期ならではの習慣が、夜間高血圧につながる危険性もある。
「塩分摂取は大切ですが、塩分の多い経口補水液を飲みすぎたり、梅干しや漬けものなどの塩分の多いものを食べすぎたりすると過剰摂取になりかねません。
また、エアコンの効かせすぎは体が冷え、冬と同じように血管が収縮し、血圧を上げる原因になります」

夏は日中の血圧が下がりやすい傾向にあるが、降圧剤の服用を自己判断でやめたりするのは危険だと佐藤さんは話す。
「勝手に服用をやめたり薬の量を調節したりするのはやめましょう。降圧剤の中には心臓の機能に影響を及ぼすものもあります。自己判断で服用をやめてしまうと、心不全や心疾患が悪化する恐れがあるので必ず医師に相談しましょう」
血圧のセルフチェックも怠るわけにはいかないが、一喜一憂しすぎないのがポイントだ。
「更年期や閉経を迎えて少しでも体の変化を感じ始めたら、朝と寝る前の血圧測定を習慣づけましょう。正確に測るためには上腕タイプがおすすめです。
もし数値が高くても慌てないでください。血圧はとても繊細でちょっとした緊張でもすぐに上がってしまうもの。2〜3回深呼吸し、リラックスしてから測り直してみてください」
自分の“本当の”血圧ときちんと向き合い、コントロールできる知識と習慣を身につけよう。
※女性セブン2025年9月11日号