猫の腎臓病の治療薬開発が脚光を浴びています。
今年7月、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、東京大学の宮崎徹教授が進める研究開発への企業からの支援がストップしていることが伝えられると、1か月で約1億7600万円もの寄付が集まったそうです。猫は腎臓病にかかりやすく、統計では腎臓病が常に死亡原因の上位に入っているため、猫好きにとって大きな関心事となっています。
飼い主が知っておきたいペットの健康情報について専門家に聞くシリーズ。今回は、猫の腎臓病の予防や治療について聞きました。
腎臓病はシニア猫で特に高リスク
腎臓は主に、血液中の老廃物や塩分をろ過し、尿として体の外に排出する役割を担っています。そのほか、体の状態(体温・血糖・免疫)を維持するのに使われる各種ホルモンを生み出したり、体内の水分量とミネラル濃度を調整したりしています。
腎臓には毛細血管が集まった糸球体などからなる組織がたくさんつまっていて、このネフロンと呼ばれる組織が腎機能を担っています。ネフロンは猫の場合で左右の腎臓に合計40万個ほど存在します。
ネフロンが少しずつ壊れていき、腎臓の機能が低下していくのが腎臓病です。腎機能の低下が数日から数週間で進むと急性、3か月以上続くと慢性という分類になります。
一度壊れた組織は元に戻ることはないので、腎臓の機能は一度低下すると回復することはありません。その意味では、完治しない病気であり、発症した場合には、機能低下の進行を遅らせる治療や対症療法を続けていくことになります。
猫に腎臓病が多い理由は解明されていない
アニコムの2020年の統計では、猫(0~12歳)の保険金請求を疾患別にみたとき、14%が泌尿器系で、消化器系(15.5%)に次ぐ多さになっています。年齢が上がるにつれて請求割合が増し、10歳を超えると最多になります。
猫に腎臓病が多い理由は、明確には解明されていません。一説には、猫の先祖は砂漠で暮らしていたので、水の摂取量が少ないのを前提にして腎臓が働いており、その働きのせいで腎臓に負担がかかっているのだといわれています。
腎臓病予防は食事がポイント
獣医師の山本昌彦さんによれば、「腎臓病の予防で大切なことは食生活」とのことです。
「腎臓は、摂取した食べ物や飲み物から、体に不要なもの(老廃物)を体外へ排出する働きをしますから、食べ物や飲み物に大きく影響を受ける器官といえます。日頃から飼い主さんが、愛猫の腎臓に負担がかからないように栄養バランスに気を付けてあげてください。
例えば、シニア(7歳以上)の猫に、子猫や成猫と同じ種類のフードを与え続けると腎臓に負荷がかかります。成長期や成猫期と高齢期では必要な栄養素やその量が異なるので、シニアの猫が成長期用(キトン)・成猫用(アダルト)のフードを食べるとリンやたんぱく質の過剰摂取になる可能性があります。ライフステージに合わせたフードを与えることが大切です」
新鮮な水が飲める環境を
また、水分不足もよくありません。いつでも新鮮な水を飲める環境にしておきたいですね。ちなみに、猫によって好きな水はさまざまです。置き水が好きな子もいれば、水道から流れてくる水が好きな子もいます。また、飲ませる水はミネラルウォーターではなく、水道水にしましょう。
早期発見のために年1~2回ペースで健診を
食生活に気を付ける一方、定期健診で早期に病気を見つけることも大切です。年に1~2回、定期健診に連れて行きましょう。
「一般的に、腎臓病のリスクは年齢が上がるほど高くなるので、検査は早めに始め、早期発見できるようにしてください。検査を早めにしてあげることで、その子の健康なときの数値がわかって、異常を判断する基準にもなります。毎年続けることにより、以前との比較で、好不調の傾向を捉えることもできます。
また、ペルシャやアメリカン・ショートヘアなどは遺伝的に、多発性嚢胞腎という病気になるリスクが高く、症状が進行すると腎機能の低下がみられます。遺伝子検査で原因遺伝子を持っているか調べることができます」
初期症状は多飲多尿
しかし、血液検査で異常がわかる頃には、腎機能の低下がある程度進行しているといいます。普段の様子から飼い主さんが異変に気づければ、検査で発見するよりも早期に治療を始められる可能性が高くなります。
「腎臓病の初期症状は多飲多尿(水を飲む量が増え、尿量が増加)がみられます。これは、腎機能の低下により、腎臓での水分の再吸収が不十分になるためで、これに伴い、水を飲む量が増えます。老廃物の排出がうまくいかないので、尿の色が薄くなってくるのも特徴です。
症状の進行により、脱水状態になり活力がなくなってきたり、嘔吐をする回数が増えたり食欲不振になる子も多いですね。普段から水や食事の量は観察しておきましょう。毎回同じ器で一定量をあげるようにすると、減り方の変化が見た目にわかりやすいですよ」
再生医療や新薬など、治療法の研究進む
腎臓の組織が一度壊れると修復することはできませんが、壊れていくスピードを遅らせたり、腎臓病のさまざまな症状に対処したりすることは可能です。治療の基本になるのは、やはり食事でのアプローチだといいます。
「腎臓の中で6割の組織が壊れれば、残りの4割に負担がかかります。腎臓は残りの4割の組織でこれまでと同じ働きをしようとして、さらに負担がかかってきます。腎臓に過度な負担を与えないよう、老廃物や毒素になるものを体内になるべく入れないよう、栄養管理を徹底することがより重要になってきます。
また、水分が不足しがちになるので、水をしっかり飲ませたり、必要に応じて定期的に点滴をしたりしながら、脱水状態を改善させてあげる必要があります。他に、薬やサプリメントで腎臓の働きを助けたり毒素を排泄させる方法もあります。少数ですが、血液透析を行っている病院もありますね」
さらに、アニコムでは再生医療での腎臓病治療に取り組んでいます。
「幹細胞を注射して体内に移植すると、腎臓の炎症や繊維化が抑制され、腎臓の機能低下の進行を遅らせることができると期待されています。動物再生医療技術研究組合に加盟している病院で治療が受けられます」
ちなみに、東大の宮崎徹教授のチームが研究している治療薬は、腎臓につまるゴミを排除して、組織が壊れるのを防ぐという考え方です。ゴミを排除するたんぱく質「AIM」を、猫の体内に若いうちから投入していくと、腎臓をきれいにしておけるので、機能の低下も起きにくくなるといいます。
腎臓病は猫の死因になりがちなだけに、新しい治療法が確立されれば、猫の寿命が飛躍的に延びる未来が訪れるかもしれません。
◆教えてくれたのは:獣医師・山本昌彦さん
獣医師。アニコム先進医療研究所(本社・東京都新宿区)病院運営部長。東京農工大学獣医学科卒業(獣医内科学研究室)。動物病院、アクサ損害保険勤務を経て、現職へ従事。https://www.anicom-sompo.co.jp/
取材・文/赤坂麻実
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