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スコール、五月雨、通り雨…“雨の歌謡曲”は「感情と湿度」が耳に絡みつく

森高千里『雨』(1990年)のシングルCD。歌詞カードは水玉模様がデザインされていた

日本各地が梅雨入りし、本格的な「雨の季節」を迎えました。鬱陶しいこの季節を乗り切るために、1980〜1990年代のエンタメ事情に詳しいライターの田中稲さんが提案するのは、名曲揃いの「雨の歌」で風流に浸ること。日本語の多様な雨を表す言葉同様、雨を歌った歌謡曲も実に味わい深いものでした。

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本格的に梅雨入りし、不安定な気圧と湿気で爆発する髪に泣く今日この頃。梅雨明けはいつ頃なのか。1日でも早く前倒しでカモーン! しかし憂いてばかりいても虚しいだけだ。ということで、いっそ雨の風流に浸ることにしよう。

雨のしずくが落ちる音でまず思い浮かぶのは、ピアノの音だろう。ポロンポロン……。作曲家・ショパンの曲には『雨だれ』と呼ばれているピアノ曲があり、1984年には、小林麻美さんの歌う『雨音はショパンの調べ』という曲もヒットした。

これは、1983年にヒットしたイタリアの歌手ガゼボによる『アイ・ライク・ショパン / I Like Chopin』の日本語カバー。これをそのまま「私はショパンが好き」と直訳するのではなく、「雨音はショパンの調べ」とした作詞家の方最高、と思って調べたら松任谷由実さんだった。さすがとしか!

ピアノ以外では、Kinki Kidsの8枚目のシングル『雨のMelody』(1999年)では、雨は「ギターの叫び」と表現されている。ポツポツ、ポロンポロンではなく、ジャンカジャンカ、もしくはザーザー降りの雨が思い浮かぶ。深い。そしてエモい! 雨のシーンは表現者にとって腕の見せ所なのだろう。想像は広がるばかりだ。

五月雨を「緑色」と表現した村下孝蔵『初恋』

日本語で雨の名前は季節や降り方などで細かく分けられ、400種類以上もあるという。歌の世界でも探してみると、あるある、いろんな雨がある。

まず村下孝蔵さんの名曲『初恋』に出てくる「五月雨(さみだれ)」。旧暦の5月頃、今では6月に降る長雨、つまり梅雨の別名だ。

しかも村下孝蔵さん、五月雨は「緑色」と表現するという匠の技を披露。新緑が雨に濡れることでよりグリーンが鮮やかになり、独特の青臭い香りまで漂ってきそうではないか!

堀江淳さんの『メモリーグラス』は「通り雨」。これは降り始めや降り終わりが突然な雨のことだ。この歌のヒロインはフラレた悲しさを酒で誤魔化し、忘れられないアイツを「ただの通り雨」と自分に言い聞かせている。なるほど、「急に止むけれどまた降り出す」のも「通り雨」の定義。早く忘れて立ち直りなさい、次の雨(恋)もすぐ降ってくるからサ……。スナックのママの気分でそう慰めたくなる。

『メモリーグラス』で「通り雨」を歌った堀江淳(Ph/SHOGAKUKAN)

欧陽菲菲はデビュー曲『雨の御堂筋』で日本レコード大賞新人賞を受賞(写真は1972年、Ph/SHOGAKUKAN)

欧陽菲菲さんの『雨の御堂筋』は「小ぬか雨」。これは霧のように細かく降る雨のことを言うのだそう。まとわりついてくる、目に見えないほど小粒な雨と湿気。その中傘もささず地味にベタベタと濡れつつ、「本町あたりにいる」というザックリ過ぎる風の噂を頼りにあの人を探す……。しかも夜、泣きながらである。

聴いている私の心にまで小ぬか雨の如くやるせなさが沁みてくる。早々に切り上げ近くのカフェで雨やどりをしてほしいと思うが、そんなものは余計なお世話だろう。森昌子さんの『せんせい』にせよ、森高千里さんの『雨』にせよ、片思いの女性は傘を差さない。なぜなら心の風邪はもうとっくに引いているから!

『雨』は切ない失恋の気持ちを歌った(写真は1998年、Ph/SHOGAKUKAN)

失恋の激しさを歌う『どしゃ降りの雨の中で』

「諦めきれない。悲しい、つらい!」という壮絶な失恋の場合は、言わずもがな「どしゃ降り」が使われる。和田アキ子さんの『どしゃ降りの雨の中で』は、彼女の「とホてヘも悲しヒヒヒわハハハ〜」という「母音がハ行歌唱法」が心の荒ぶりを見事に表していて、逆に清々しい。大声で泣くことで浄化されるあの感じ。嫌なことがあったとき聴くとスカッと憂さが晴れる!

和田アキ子『どしゃぶりの雨の中で』(1969年)はデビュー2枚目のシングル曲(写真は2000年、Ph/SHOGAKUKAN)

ちなみに私はこの「どしゃ降り」という言葉、「土砂降り」という漢字そのまま「土砂を押し流すほどの大雨」というのが語源だと思っていた。しかし漢字の「土砂」は当て字で、擬態語の「ドサッ」に「降る」を組み合わせた言葉だということを今回知った。

ドサッから来た「どしゃ」! やはり日本のオノマトペは最高だ。他にもぽつぽつ、ザーザー、しとしと……。雨音の表現だけで物語が聞こえてくるようだ。特に「しとしと」という表現を日本で最初にした人は誰だろう。天才か!

もちろん幸先の良さを感じる雨もある。少年隊の5thシングル『stripe blue』は「天気雨」。これは晴れているのに雨だけが降るという現象。夏のトキメキ、青春特有のハイテンションが伝わってくる。雨の歌の中では貴重なポジティブソングだ。

松本英子さんが澄んだ声で歌唱し、作詞作曲を担当した福山雅治さんもセルフカバーしている『Squall』。Squall(スコール)とは、雨や雪を伴う突発的な風速の天気変動のことを言うらしい。これを乙女の恋心になぞらえ、タイトルのみに掲げているのがなんともエモーショナル。

これまでなんの気になしに聴き流していた雨の表現だが、いやはや意味を知ると、より感情と湿度が耳に絡みついてくる。そしていろんな思いを連れてくる。体調管理面ではウンザリすることばかりだが、言葉や表現の世界では、こんなに感動できる季節はなかなかないのかもしれない。

◆ライター・田中稲

田中稲

ライター・田中稲さん

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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