
夫婦の間にたちはだかる高くて厚い「壁」――。特にコロナ禍によってさまざまな“夫婦の壁”が浮き彫りになったといいます。そのひとつが「夫婦の会話」をきっかけとしたトラブル。話を聞かない夫に、妻がイライラするそうです。新刊『夫婦の壁』で、「壁」の実態とそれを乗り越える方法について解説している、脳科学コメンテイター・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんが、夫婦の会話を楽しむための3つのルールを解説。同書の中から一部抜粋して紹介します。
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【相談】話をしても“無視”する夫にイライラ……聞いてもらうには?
「これまでは朝早く仕事に行って、夜は遅くに帰っていた夫がコロナ禍で在宅勤務になって、平日も休日も1日中家にいます。気になるのは、私が話をしているときの夫の態度です。私がその日にあったテレビの話や電話で話した友だちの話をしても、ただぼ〜っと聞いているだけで、ほとんどリアクションをしてくれません。一緒にいる時間が増えて夫の態度が気になってイライラします。どうしたらいいでしょうか?」(50歳・専業主婦)
【回答】夫と気持ちよく話すための3つのルール
コロナ禍で、夫と一緒にいる時間が増えたことで、こうした悩みを持つ妻の話はよく聞きます。実は、男女は、四六時中一緒に過ごすのに向いていない「脳の組み合わせ」。夫が四六時中、家にいるのでは、イライラする場面が増えるのは当然です。
男性脳にとって、おしゃべりは危険なもの解決法の話をする前に、そもそも一般的な男性脳は、「いきなり話しかけられても、音声認識できない(相手の声が「ことば」に聞こえない)」「結論がわからない話が2分以上続くと、音声認識機能が停止してしまう(相手の声がモスキート音のように聞こえてしまう)」ということを知っていただかないといけません。つまり、話が聞こえているのに、あえて無視しているのではないのです。女性には想像もつかないけれど、脳が勝手に「おしゃべり機能」を停止してしまうわけ。
なぜだと思いますか? 実は理由は明確。男性脳にとって、「おしゃべりは危険だから」です。
男性たちは、何万年も狩りと縄張り争いをしてきました。哺乳類のオスの宿命ですから。狩りの現場では、「互いの気持ちにこだわり、共感して気づく」脳神経回路よりも、「目の前の事実にこだわり、問題点を即座に見つけ出し、さっさと動く」脳神経回路を優先して使う男子のほうが、圧倒的に命を長らえやすい。結果、このタイプの脳の持ち主が多くの子孫を残してきたのでしょう。狩りが日常でなくなった現代でも、男性の多くは、狩り仕様の脳の使い方をします。
森や荒野を行く狩人は、沈黙で、身を守ってきました。風や水の音の微かな変化も、獣の気配も聞き逃すわけにはいかないので。そんな「命がけで耳を澄ます」狩人の隣に、べらべらしゃべる人がいたら、どうなるでしょうか? 生命の危険さえ感じるはずです。
そう。狩り仕様の脳の持ち主にとって、沈黙は生存可能性を上げる基本動作であり、脳がことさら心地いいのです。だから、ストレスフルなとき、男性たちは、いったん黙って耐えたいのです。悲しいときも、苦しいときも、まずは黙って耐える。女性からしたら、なんとも水くさいし、頑固だと感じるその方法こそが、脳が最大限に活性化する手段なのです。逆に言えば、私たち女性が「話を聞いてあげよう」として、男たちに根掘り葉掘り質問することは、あまりに残酷。目的のわからない、長々としたおしゃべりも、かなりのストレスとなります。
女性にとって、おしゃべりは生きる手段
一方、女性脳は、子育てをしながら進化してきました。こちらは、共感力の高さこそが、生存可能性をあげる鍵となります。互いに「日々の出来事」を語り合って、子育ての知恵を増やせるからです。また、人工栄養のない時代には、女同士共感しあって連携し、おっぱいを融通し合う必要もありました。
女性は、おしゃべりと共感こそが、生存可能性をあげる手段であり、心地いいのです。逆に、沈黙や、共感のない会話はかなりのストレスとなります。こういう真逆センスの持ち主同士が、会話をしているのですから、素のままではうまくいくわけがない。なんらかの工夫は必要になるわけですね。
夫に「悪気はない」
会話そのものの進め方も、センスが大きく違います。女性の好みは、共感の会話。「いいね」や「わかる」で柔和に受け止めてもらい、なんなら相手の気持ちも聴かせてもらって、心通わせたいのです。しかし、男性は、情報収集と問題解決のために話を聞いています。このため、「心に浮かんだこと」を伝えても、何を言っているのかわからないってことも。
たとえば、「今日、上司に、こんなこと言われちゃって。むかつくわ〜」と話したときも、女性の望む返答は「わかるよ〜。それは傷つくよね」という共感やいたわりなのに、「きみも、早めにNOって言えばよかったんだよ」なんて言ったりして、妻を逆上させたりする。
女性脳は共感を望んでいるのに、男性脳は問題点の指摘から入る。「わかるよ」の代わりに「お前が悪い」と聞こえるような答えが返ってくるわけだから、妻はひどくがっかりするわけだけど、夫にしてみたら、妻を混乱からいち早く救ってあげたい一心。悪気はまったくないのです。それどころか、的確なアドバイスをしたと満足してるかも(苦笑)。

夫と気持ちよく話すための3つのルール
男性と気持ちよく会話するためには、戦略なしでは無理。そこで、夫を実験台にして、男性との対話術をマスターしてみませんか?
【1】3秒ルール
声をかけるとき、名前を呼んでから、本題に入るまで、2〜3秒の間を入れましょう。何かに気を取られている男性脳は、音声認識機能停止中と心得てください。「あなた、映画のチケット、とってくれるって言ったよね。あれ、とってくれた?」みたいなフレーズをいきなりまくしたてると、男性脳は、音声認識に失敗して、「ホエホエホエホエ、ホエフェッホ〜?」みたいに聞こえているのです。したがって、「はぁ?」と聞き返されていや〜な感じになる。
これを避けるために、「あなた、《2〜3秒》、映画のチケット、とってくれるって言ったよね」のように、間を入れるのです。話始めがスムーズになり、イライラが減りますよ。
【2】結論から言う、数字を言う
男性脳は、目的のない話に弱いので、最初に、目的や結論を告げます。また、数字を使うこともおすすめします。数字は、問題解決型の脳のカンフル剤。数字を入れると、意識が遠のく確率が減るからです。というわけで話の最初に、「お母様の七回忌について相談があるの。ポイントは3つ」のように導入します。
私は、自分の気持ちを語るときも、この手を使います。「これから、今日、私に起こった悲しい出来事を話してあげるね。あなたがするのは優しい共感。わかった?」男性は「優しい共感」こそが問題解決の道だとわかれば、見事に共感してくれます。
【3】共感をルールにする
我が家では、最低限の共感を夫婦のルールにしています。「私がテンパってキーッとなったら、理由はどうであれ、夫は『大丈夫?』と言いながら私の背中を撫でる」という約束。いつだったか、夫自身のことばで私がカチンときてキーッとなったとき、夫は何を思ったのか、とことこっとやってきて、「大丈夫?」って私の背中を撫でてくれました。
「いやいや、だいじょばないよ。あなたのせいだし」と、心の中では思いましたが、ルールを切ないくらいに順守してくれる夫に、なんだか愛おしさを感じました。
男性は、ルール順守が好き。だから、ルールにしておく。気持ちがないのに、いいのかって? これがけっこう大丈夫。人は案外、ことばだけでも、落ち着くもの。私のように、ルールを守ってくれること自体に愛しさが溢れることもありますしね。ぜひ試してみてください。
息子の共感力は母親にかかっている
ところで、小さな男の子は、ママにうんと優しいことばを言ってくれるのに、いつの間に、夫のようになってしまうのでしょうか。実は、思春期に分泌を増やす、男性ホルモン「テストステロン」が、男性の脳を問題解決型に導いているのです。つまり、思春期を機に、夫のような脳に変わっていくわけ。
ただし、その前に、母と子の間で、十分に共感型の会話体験があると、男子は、大人なっても、韓流ドラマのイケメンたちのような優しい口を利いてくれるのです。ところが、日本の母親たちは、子どもに対して命令と指図と叱責しか言わないことが多いように感じます。「学校、どう?」「宿題したの?」「早く風呂に入りなさい」「さっさと食べて。あー、こぼした!」なんて具合。これは実は、問題解決型の対話です。
男性脳を育てるという意味では、それは惜しい気がします。子どもと、ほんわかした優しい会話を交わす。「花が咲いてるよ」「風が気持ちいね」「全部食べたの。ありがとう、嬉しいわ」のように。駄々をこねたときも、「うるさい。言うこと聞かないと置いてくわよ」と言わずに「⚪️⚪️したいのよね。うんとわかる」と、せめて気持ちだけは受け止めてやる。
脳は、入力されなければ、出力できません。こういう優しい対話が入力されていれば、一生、女性との対話に困らない、モテ男子に育ちます。男の子をお育てのかたは、夫だけ
ではなく、息子の対話力も気にしてあげましょう。
◆著者:人工知能研究者、脳科学コメンテイター・黒川伊保子

1959年長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、”世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)『思春期のトリセツ』(小学館)『60歳のトリセツ』(扶桑社)など多数。