ところで、利他行動は常にだれかからほめられたり、よい評価を受けたりするとは限りませんね。人知れず行動する場合も少なくありません。
自分以外のだれかのための行動は、たとえだれにも見られていなくても、自分自身は見ています。人の脳には、前頭前野内側部という自分の行動を評価する部位があります。この部位が、「よくやった!」「すばらしい!」などと自分の行動を評価すると、たとえ他人からほめられなくても、大きな快感を得られるのです。
利他行動により脳は何重もの喜びを感じる
また、利他行動で相手が喜んでくれた場合を考えてみましょう。ボランティア経験のある人に、「ボランティアをやっていちばんよかったと思うときはいつですか?」と質問すると、「相手が喜んでくれたとき」「ありがとう、と言われたとき」という答えが多く返ってきます。
これは先ほど述べた脳内のミラーニューロンの働きによって、相手の喜びを自分の喜びのように感じているから、といえます。つまり、利他行動をとり、それによって自分がよい評価を受け、さらに相手が喜んでくれたときには、脳は何重もの喜びを一気に感じているのです。
ところで、京都大学の藤井聡教授は、「他人に配慮できる人は運がよい」ということを著作の中で述べられています。
配慮範囲が広い人ほど運がいい
藤井教授は、人が心の奥底で何に焦点を当てているかで人を分類する、という心理学上の研究を行いました。その結果、「配慮範囲が広い人ほど運がいい」という結論を導き出したのです。
ここでいう配慮範囲とは、現在の自分を原点にして人間関係と時間を軸にしたもの。人間関係においては、社会的・心理的距離の近い人と遠い人がいます。たとえば家族や恋人はこの距離がもっとも近い人といえます。続いて、友人→会社の同僚や学校のクラスメイト→知り合い→他人というように、その距離はだんだん遠のいていきます。
配慮範囲の時間とは、思いを馳せる未来の時間のこと。人は今日のことだけでなく、2、3日先、来年など自分の将来に思いを馳せます。また、自分の親や子どもの将来についても考える。さらに社会全体の将来について真剣に考える人もいます。
この人間関係と時間に関して人はどれだけ広く配慮できるか、その範囲によってその人の運が決まってくるのではないか、ということに藤井教授は注目したのです。
自分のことばかり考え、目先の損得にしか関心がない人は、配慮範囲の狭い人です。一方、自分のことばかりでなく、家族や友人、そして他人や社会全体の将来についてまで考えられる人は、配慮範囲が広い人です。
研究の結果、配慮範囲の狭い人はある程度までは効率よく成果を上げられるものの、目先のことにとらわれて協力的な人間関係を築けないため、総合的にみてみると幸福感の得られない損失が多い人生になる、というのです。逆に、配慮範囲の広い利他的な志向をもつ人は、よい人間関係を持続的に築けるため、自分の周囲に盤石なネットワークをつくることができ、それが運のよさにつながるといいます。