夫婦の間にたちはだかる高くて厚い「壁」――。特にコロナ禍によってさまざまな“夫婦の壁”が浮き彫りになったといいます。そのひとつが「価値観の違い」による夫婦のトラブル。コロナ禍の中、外食をしたがる夫と言い合いになった妻も。新刊『夫婦の壁』で、「壁」の実態とそれを乗り越える方法について解説している、脳科学コメンテイター・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんが、夫と意見が一致しない時の対処方法を解説。同書の中から一部抜粋して紹介します。
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【相談】コロナ禍でも外食したがる夫とその度にケンカ。価値観の違いはどうしたらいい?
「コロナ禍になってから夫婦の意見の食い違いが目立つようになりました。たとえば、私は『しっかり感染対策をして、外食はしたくない』と思うのですが、夫は『外食ぐらい大丈夫』と一緒に食べに行きたがります。その度に、言い合いになるので疲れます。コロナに対する価値観の違い、どうしたらいいのでしょうか。感染もしたくないし、ケンカもしたくないです」(52歳・パート)
【回答】男性相手には、気持ちじゃなくて、リスクで説得を
男女間の価値観の違いは、気持ちで訴えても折り合いがつきません。女性同士なら、「どっちの気持ちがより強いか」で話し合えますが(「あなたがそんなに嫌なら、私が我慢するね」)、男性は「どっちの言い分が正しいか」でしか判断ができないので、気持ちの強弱では譲れないんです。そこで、この論議を、「どちらが正しいか」に持ち込みます。それには、リスクの大きさを訴えることです。たとえば、男女間でよく起こる「トイレの便座」問題は、「いちいち下げたくない男性」と「下げておいてもらいたい女性」の対等のバトルではありません。
便座が上がっていることに気づかないで座ってしまった場合のリスク(腰がはまって、痛むこともある)は、便座が下がっていることに気づかなかったときより、数千倍も大きい。だから、男性は、大切な女性を守るため、紳士としての常識で、便座を下ろさなければならないのです。
リスクは作ってでも言う
外食して感染症にかかる確率を仮に0.01%だとして、それを危険とみるか、バカバカしいとみるか、これは気持ちの問題です。だから、「外で食事した翌日、私は、不安で胃が痛くなる。頭で大丈夫だと思っても、痛くなる。しばらくしたら慣れると思うけど、今は、つらい思いをする私の思いを、しばらく尊重してもらえないかしら」のように、伝えるべきだと思います。「不安だからいや」「大丈夫だから行こう」を言い合っていても、 埒があきません。不安を感じたことによって生じるリスクを明確にしなければ伝わらないんです。
女性は「身ごもって、産みだし、母乳を与える」性ですから、自分が安全でないと子孫が残せません。このため、生殖本能として、あらゆる危機に気づき、男性より強く怖がる傾向にあります。ただ、特に不安が強いかたは、免疫力が落ちていて感染しやすい傾向にあり、脳が警戒しているのかもしれません。脳は、潜在意識下で様々なことを感知しているので、その可能性は否めません。これを使って、「こんなに不安が強いなんて、免疫力が下がっているのかも。私を守ると思って、しばらく外食の話はしないで」と言ってみるのも手。
リスク論で納得してもらえなかったら、夫がなぜ外食をしたいのかを取材して、家の中で少しでも実現できるようにしてみたら? 家庭料理に飽きたのなら、今なら、外食レべルのお取り寄せも可能。おしゃれした妻を見たいというのなら、してあげましょうよ。
夫婦はどちらかに合わせるしかない
しかしながら、このご相談者の願いは、おそらく、夫に、自分の気持ちを汲んでもらう こと。「きみが嫌なら、止めようね」と言ってもらうことなのではないでしょうか―恋に落ちてすぐの、あの日のように。でもね、残念ながら、それは無理。人類の恋愛期間は、長くても3年。それが過ぎて、ふたりの脳が、生殖のペアとして生き残り戦略に入ると、ふたりは相手の人生資源(気持ち、時間、手間)を奪い合う関係になります。残念ながら、 基本的に、夫婦の価値観を揃えることはできません。
アインシュタイン博士は、晩年、奥さんとうまくやるコツを聞かれて、こう話したそうです。「最初に妻が『これから、人生に係る大きなことはあなたが決めてね。日常の些細なことは私が決めるから』と言ったので、それに従った―ただ、不思議なことに、まだ 一度も、僕が決めるべき人生の大きな決断がないんだ」。アインシュタイン博士の妻の提案は、素晴らしい夫婦の法則だと思います! なんなら、アインシュタイン博士の相対性理論よりも、人類に必要な理念かも。
そう、夫婦で話し合って中庸の結論を出すことは不可能です。男と女では脳の感性が違うので、感性の部分では絶対に相手を理解できません。どちらかに合わせるしかないのです。 私の父の場合、「この家は母さんが幸せになる家だと決めたので、多少理不尽なことであっても母さんがよいほうを取る」と言っていました。
夫婦の価値観が違うときは、より影響を受けるほうに主導権を渡す
いずれにしても、夫婦で意見を揃えることはできないので、戦略を決めましょう。私の場合、夫婦で価値観が違ったときは、どちらが主導権を握るかを話し合います。25年ほど前にマンションを購入したときは、東向きと南向きのどちらを選ぶかで意見が分かれましたが、家にいる時間が長い私の意見を優先してもらいました。近年、家を建てたときは、台所は私の意見、3階のベランダは夫の意見というように細かく譲り合いました。あくまでも、夫婦のどちらが、その件にこだわっているかを判断するのであって、「どちらの意見が正しいか」を論じるのではありません。脳が違えば正解が違うので、水掛け論になりがちだからです。
「夫が決める」となったら、私はアドバイザーに徹します。逆もそうです。私に主導権をもらったのち、夫のアドバイスを取り入れているうちに、結果、夫の言うとおりになったこともしばしば。主導権をどちらにするかという問題と、どちらの意見が「正しいか」をごちゃまぜにして話し合うと、互いの尊厳を傷つけ合うことも。賢く乗り切ってください。
価値観を揃えることに気持ちを向けない
女性は、実を言えば結論よりも共感されることが大事。「きみの言う通りだね」と言ってもらえたら、事実(結論)が折半でも満足できるもの。質問の外食の件で言えば、「きみの不安はよくわかるよ。個室のある店を探すか、テイクアウトも調べてみるよ」なんて言ってくれれば、個室で外食、いやいやテラス席ならOK……なんて運びになるかも。気持ちはしっかり受け止めて、ことの是非は、ことの是非で冷静に提案する。それこそが、上手な女性の扱い方なのですが、日本の男性の多くはそれをできません。
たとえば、イタリア人男性は、女性の話を聞くときに「Bene(いいね)」を多用するし、韓国人男性も「アラ(わかるよ)」「クレ(そうなんだね)」「クェンチャナ?(大丈夫?)」 を多用します。言語特性の中に、「共感」が仕込まれているのです。日本男子も、もうすこし「いいね」と「わかる」を使ってくれたらいいのにね。 けれど、日本男子は、ある意味、誠実なのかも。「こいつ、だめだな」「この意見、ないよな」と思ったら、気持ちにだけ理解を示すなんて、噓つきのような気がしているのだと思います。そんな正直者の日本の男性と一緒に生きていくと決めた以上、価値観を揃えることに気持ちを向けないこと。アインシュタイン夫妻のように、「決めるのは誰か」を決めていくしかないのです。
ただし、自分の意見が通った側が、相手のストレスを減少させるように努力するのは(外食しないと決めたら、外食の魅力を家の中に取り入れるとか)夫婦の思いやりというもの。がんばってみてください。
◆著者:人工知能研究者、脳科学コメンテイター・黒川伊保子
1959年長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、”世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)『思春期のトリセツ』(小学館)『60歳のトリセツ』(扶桑社)など多数。