
『血流がすべて』(アスコム)を上梓した麻酔科医の富永喜代さんは、2万人超の臨床麻酔実績をもつ血流コントロールのプロ。血流をよくすることで、さまざまな病気のリスクを減らすことができると話す富永さんが考案した「血流アップ体操」は、1分間で簡単に行うことができます。その方法や、血液と健康の関係について聞きました。
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血流と痛みやうつ病との関係
江戸時代の磔刑(たっけい)。現代は行われることはありませんが、これは、手足を拘束されることにより血流が途絶え、最終的には脳に血が届かなくなる脳虚血となって人は死にいたるのだそうです。それだけ、血流と体の機能には大きな関わりがあるのだとわかります。
「血流にとって悪い食生活や生活習慣を送っているとしたら、それはゆるやかな磔(はりつけ)を自ら行っている状態なんです」(富永さん・以下同)

痛みの改善には血流アップで老廃物を出すことが重要
「血液の循環に問題が生じることで、体にはさまざまな不具合が生じます」と、富永さん。その症状は、例えば腰痛や肩こり、神経痛、冷え性などです。
「肩が痛い、腰が痛い、ひざが痛い。悩む人が多いこの3大痛もまた、血流アップで改善することができます。というより、一番得意なところと言えるでしょう」
痛いと感じているところには炎症があり、筋肉の間を走る細い静脈がぺしゃんこに圧迫され、血液が滞っているそうです。
「これによって、周辺の細胞が必要としている血液が届きにくくなり、栄養と酸素が不足。老廃物の排出が行われないことで炎症はさらに悪化…。ケガをした直後に患部がどんどん腫れ上がっていくのはこのためです」
さらに、痛みがストレスとなって脳に伝わることで、動脈を補足して筋肉を硬くするように作用するそうです。つまり、動脈と静脈の両方で血流に障害が生じるのです。この悪循環によって痛みは悪化していくので、組織の炎症を回復させていく必要があります。冷やすことで炎症を抑えることはできますが、腫れている筋肉にたまった乳酸や疲労物質などの老廃物を体の外に出すためには、血流をアップさせる必要があります。
「血流のめぐりをよくすることで、筋肉にたまった老廃物を運び出すことができるんです」
そうして、血管外に出た老廃物を尿などで外に排出することで、炎症を起こしていた組織がよみがえり、腫れやむくみも改善されます。このメカニズムは、肩や腰、ひざなど、どんな部位でも同じだそうです。

脳の血流アップでうつ病の改善も期待
厚生労働省による2020年の調査で、患者数が615万人を超えたことがわかったうつ病。これもまた、脳の血流と関係していることが最新の研究でわかってきました。
「専門家の多くは、『うつ病にもっとも有効なのは運動療法』と指摘しています。運動を通じて脳内の血流を上げていくと、うつ病の原因のひとつとされる神経伝達物質の減少が改善されるだけでなく、抗うつ作用をもつと考えられている『VEGF』(血管内皮成長因子)という物質が増え、うつの症状を軽くしていくとされています」
実際にアメリカの研究者が156名のうつ病患者を対象に行った研究では、ややきつい有酸素運動1回30分を週に3回、16週間にわたって指導者のもとで行い、薬無しでも症状が改善することがわかったそうです。
とはいえ、このような運動を継続するのはなかなか大変なものです。
「取り組もうという運動が自分の対処能力を超えるものだと感じてしまうと、私たちの脳はその時点で不安になるようにできています」

そこで、富永さんは、自身が考案した「1分間血流アップ体操」のようなきわめて軽い運動を継続することをすすめます。
「5〜6週間続けると気分の落ち込みや抑うつ状態の改善に効果を発揮します」
「1分間血流アップ体操」で3つのポイントを刺激
血液の循環の滞りを解消し、最初に述べたような緩やかな磔刑状態から体を救うには、次の3つが正常に働くことが必要だといいます。
まずは「血管」。血液の通り道である血管が詰まったり、汚れていたりするのはNGです。2つ目は「自律神経」。自律神経が乱れると、血液の量の調整がうまくいきません。
最後に、「筋肉ポンプ」です。血液の流れに深く関わっている筋肉ポンプが作動しないと、血液を心臓にうまく戻せません。
「『1分間血流アップ体操』は、この血管、神経、筋肉ポンプの3つのポイントに刺激を与え、血流を改善させる簡単な体操です」
富永さんは、診察が終わったあと、自身の体や患者の協力を得て、血流の測定を繰り返して「1分間血流アップ体操」を開発。そこで、5つの「1分間血流アップ体操」から1つと、「1分間血流アップ体操」と合わせて行うことで効果アップが狙える「すき間時間血流アップワザ」の1つを紹介します。
【1分間血流アップ体操】「シャガノバ体操」のやり方
しゃがんで伸びるから「シャガノバ」と名付けられたこの体操。ほかの「1分間血流アップ体操」に比べてアクションが大きいですが、難しいことはありません。血流アップ効果が抜群なうえに回数は1、2回で十分というから、ぜひ実践を。
ひざが痛い人や足腰に自信がない人は転倒に注意して、自分のペースで行いましょう。

【1】しゃがんで足首をつかむ。手の親指は内側向きでくるぶしをつかむ。視線は下向きに。鼻から大きく息を吸いこむ。(このときかかとが上がってしまう人はそれでも構わない)

【2】口からゆっくり息を吐き、お尻を持ち上げていき、足を伸ばしたところで息を吸ってひと休み。その後、ゆっくり息を吐きながら【1】の姿勢に戻る。
腕ではなく、肩だけを上げ、腕はそれにつられているイメージで行うのがポイント。鼻から息を吸い、肩をグーっと上げきったところで、今度は息を口から吐き、一気に体の力を抜きましょう。
「手のひらを開くと、指先がビリビリしているはず、これは血流がよくなった証拠です!」
【すき間時間血流アップワザ】「両手ニギニギ」
手を握るだけの動作だから、電車に乗っているときや信号待ちなど、「両手ニギニギ」は本当にすきま時間でできてしまう簡単血流アップワザです。

【1】指の横腹と横腹を重ね合わせる。

【2】親指をそろえる。ほかの指は、指先が指の股に当たるようにする。

【3】ニギニギともむように、軽く力を入れる。これを10回繰り返す。
手は編むようにふんわりと握るのがポイントです。優しくもむようにニギニギニギとリズミカルに動かします。
「指先の血流改善と、脳への刺激によってボケ防止の効果も期待できます」
ジムの1時間より「1分間血流アップ体操」を
2009年に安田厚生事業団の体力医学研究所によって行われた「肯定的感情の変化」という実験で、ジムで1回60分必死で汗を流すよりも、体操で軽く体を動かしたほうが気分も上がるということが証明されたそうです。
「この実験では、運動習慣のある若者よりも、54〜64歳の人のほうが、また、男性より女性のほうが、効果が大きいこともわかりました。自己暗示のようですが、『私はこれをやったら健康になれる』と思いながら取り組むとより効果的です」
◆教えてくれた人:医師・富永喜代さん

とみなが・きよ。富永ペインクリニック院長。医学博士。日本麻酔科学会認定麻酔科指導医。呼吸と循環、血液コントロールのスペシャリストとして、全身の病気と血流について豊富な知識を有する。聖隷浜松病院などで麻酔科医としてのキャリアを積み上げ、臨床麻酔実績は2万人超。2008年に愛媛県松山市で開業。YouTubeチャンネルは登録者数25万、オンラインサロンは会員数1万5000人を超え、SNS総フォロワー数は39万人。NHK『おはよう日本』、TBS『中居正広の金曜日のスマたちへ』などメディア出演も多数。著書に『血流がすべて 血流コントロールの名医が教える わずか1分でできる「すごい血流改善法」』(アスコム)など、著書累計95万部のベストセラー作家である。